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美しすぎるタイ・バンコクの安宿オーナーを直撃「お見送りの言葉は『さようなら』じゃなくて『いってらっしゃい』」

6/28(水) 16:00配信

週刊SPA!

 バンコクのカオサンが“バックパッカーの聖地”と呼ばれるようになって久しい。1980年代から安宿がこの街に増え始め、世界中からバックパッカーが押し寄せるようになった街である。カオサンを逗留地として選ぶ日本人旅行者も増え、それに合わせ日本人経営のゲストハウスや旅行代理店、日本食店もカオサンに増え始めた。

⇒【写真】ベッドのヤスリ掛けを行うゆかりさん

 ところがいつからかバックパッカーが減少、2010年を過ぎたあたりから上述した日本人経営の店舗や会社が徐々に消えていく。それでもなおこの街を選び、この街で生き続ける日本人がいる。「バックパッカーの聖地カオサンで根を張り生きる日本人」の第1回目は、カオサンでゲストハウスを運営するゆかりさん。

 短期バイトで貯金し旅を続けていた彼女が、カオサンでゲストハウス「Long Luck」を始めることになった経緯に迫った。

◆旅にハマり20代で44ヶ国を巡る

 ゲストハウス敷地内に設けられた屋外スペースには、横臥できるようゴザが敷かれ、若い旅行者数名がこの場所で思い思いに過ごしている。

 私は椅子に腰をかけしばらく待っていると、シャワーを浴び終えたばかりのゆかりさんが現れた。化粧っ気はほとんどなく、濡れた髪を乾かしながら私の前に座る彼女は、「Long Luck」に宿泊する旅行者のようにリラックスし、運営者とは思えないほど溶け込んでいる。

 もともと彼女も旅人だった。20歳から30歳までの間に、世界44ヶ国を旅したという。

「旅をしていて一番危なかったのは、メキシコのコスメル島でデング出血熱を発症したときでした。弱っていたからかアメーバ赤痢やヘルペスも併せて罹ったんです。高熱が出たうえに血圧が38まで落ちて、死にそうになりました」

 神奈川県湘南出身のゆかりさん、32歳。彼女がゲストハウス「Long Luck」をカオサンで始めたのは約1年前。カオサンでゲストハウスをやりたくてタイへ移住したわけではなく、ある出会いがあったからだと言う。

 高校を卒業したゆかりさんは、20歳のときイギリスへ留学。イギリス滞在中に出会った一冊の本により、旅狂いへのスイッチが入った。

「高橋歩さんの著書『Love & Peace』を読み、“旅に出たい!”って刺激されたんです」

 彼女は帰国後、旅に出るために短期バイトで貯金。1年から3年ほど海外へ旅に出て、貯金が尽きると日本へ帰国。ふたたびバイトで貯金して海外へ飛び出す。

 20代だった彼女は旅のために働くライフスタイルを貫き、それは30歳まで続いた。

◆バンコクで待っていたのは極貧生活

「実は30歳のとき、婚約した彼氏がいたんです。でも縁がなかったんでしょうね。別れちゃって」

 30代は結婚して幸せな家庭を築くのだろうと、漠然とながら思っていた。これまで働いてきた短期バイトは、職種にこだわることなく、旅の資金を短期間で稼げるかで選んできた。そんなゆかりさんも30歳を迎え、自問自答するようになる。

「三十路となった私が今後何年、いまのような短期バイトを続けられるだろうか。社会経験の乏しい自分が、30代でどういった仕事に就けるのだろうか」

 旅に夢中になり突っ走ってきた20代を終え、彼女は深い迷いに入り込んだ。そんな彼女を見計らったかのように、予期せぬ話が舞い込む。

 2015年3月のことだ。この話をきっかけに、人生の舞台がバンコクへと急速に引き寄せられていく。

「バンコクで一緒にゲストハウスをやらないか?」

 数年前、バンコクで知り合ったタイ人男性ピジューからの提案だった。彼の話では、カオサンなら300万円で一軒家を改築しゲストハウスを完成させ運営が出来るという。

 2人で出資すれば150万円ずつ。改築費150万円で、ゲストハウスを海外で運営できるなら決して高くはない。ピジューとは数年来の友人でもあり、共通の知人も多かったことから、信用できる男である。

 とんとん拍子で共同運営が決まり、2015年11月初旬から内装工事が始まった。

 ところが、とんとん拍子に進んだのは工事が始まるまでだった。ピジューから「目標はクリスマスにオープン」と聞かされていたゆかりさんは、工事開始1ヶ月後の12月半ば、彼から言われた通り150万円を持ってバンコクへ飛んだ。

 夢を抱きバンコクへと降り立ったゆかりさん。彼女を出迎えたのは資金難という危機だった。 ピジューが用意した150万円は工事費などへの支払いですでに皆無。 彼女が持参した150万円も人件費などで瞬く間に底を尽きた。

 300万円で一軒家を改築しゲストハウスの運営を始めることなど、物価の安いタイであっても夢物語に近いだろう。ピジューの計画はあまりにも稚拙だった。そんな計画に乗った彼女自身も甘く、ピジューを責めることなど許されない。このまま頓挫してしてしまうのか……。

 年が明けた2016年1月、二人の所持金は3000バーツ(約1万円)を切り、三度の飯にもありつけない極貧状態に陥った。

◆手を差し伸べてくれてくれた友人たち

「ご飯を食べることすらままならなくなっていて。そんなときに助けてくれたのが、カオサン近くの路上でBarをやっているタイ人の友人でした」

 ゆかりさんの事情を知っていた彼は、食事を無償で提供してくれただけではなく、毎晩のようにお酒もご馳走し精神的な支えにもなってくれた。とはいえ、飯は食えれど工事は一向に進まない。

 不足している工事費用は借金するより他に手がなく、家族や友人たちに手を差し伸べてもらった。それでも資金は十分ではなく、ゲストハウスにある全24台のベッドはハンドメイドだという。

「原型はタイ人の大工さんに作ってもらって、ヤスリ掛けやニス塗り、ペンキ塗りは自分たちでやったんです。タイ人や日本人の友人たちが必死になって手伝ってくれたおかげで出来上がりました。みんな無償で手伝ってくれたので感謝してもしきれません」

 友人たちが汗だくになってベッドを作り上げたが、エアコンやカーテン、窓などゲストハウスにとって必要最低限の物すら揃えられていない。そのような状況を見かねたタイ人の友人は、エアコン設置のために自らクレジットカードを貸してくれた。

 当初、ピジューは300万円で改築できると言っていたが、蓋を開けてみれば支払った総額はおよそ650万円。足りなかった資金のおよそ半額は知人や家族からの借金だった。

◆「さようなら」ではなく「いってらっしゃい」

 オープンまで2週間ほどに迫った2016年3月末。著名なブロガーが「Long Luck」の部屋をすべて予約してくれるという、うれしい事態が起こった。

「その方が『Long Luck』のことをブログで褒めてくださったんです。すると効果がすごくて。記事を読んだ他のブロガーさんも来てくださって、その方々もブログで紹介してくれて、また増えていくっていう感じでした」

 利用したブロガーが記事で取り上げ賞賛したのは、ゆかりさんの丁寧な接客や人間としての魅力に惹かれたからだろう。44ヶ国を旅してきた体験談はもとより、話し好きで面倒見もいい。ブロガーたちの発信や旅行者たちの口コミにより、20代のバックパッカー、30代から60代の旅行者も続々と訪れるようになった。78歳で世界中を回っている女性バックパッカーもリピーターだという。

 毎晩のように宿泊客たちとお酒を酌み交わし、時には朝方まで話し込むこともある。飲み明かした翌日は二日酔いに悩まされるが、早朝のチェックアウトでない限り、なるべく宿泊客を見送るそうだ。

「たまに『お見送りするの悲しくないですか?』って聞かれるんですけど、ぜんぜん悲しくない。だって、ほとんどの方がリピートしてくれるからです。『さようなら』じゃなくて『いってらっしゃい』なんです」

 タイ語で「恋をする」という意味を持つゲストハウス名の「Long Luck」。ここに恋をして、また戻ってきてほしい。そういう想いから名付けられた。「Long Luck」は名前に込められた想い通り、宿泊した旅行者の半分以上がリピーターとなり帰ってくる。

 2016年4月にオープンしてからは、口コミが広がり順調な滑り出しを見せ、同年の7月後半から9月末までずっと満室続き。口コミは旅人の間で拡散し、2017年に入っても客足が減ることはない。資金難で各方面から借りたお金は、今年4月に完済できたそうだ。

「いまやりたいことですか? 仕事は楽しいんですけど、私がずっとゲストハウスにいなければならないので、旅行に行くことがなかなか出来ないんです。なので任せられる人が出来れば、ゆっくり旅に出たいな」

 もともと、ゲストハウス運営に興味があったわけではなかった。ピジューからの提案に深く考えることなく乗ったのは、三十路を迎えた彼女に「海外移住」という新たな道がすんなり受け入れられたからではないだろうか。

 資金難、借金、極貧生活。満を辞して挑んだタイの移住生活は順風満帆なスタートではなかった。それでも困難に屈せずカオサンで根をはることができたのは、国籍問わず周囲の人々に支えられたからに他ならない。

 ゆかりさんとのインタビュー中、出かけていた宿泊客がゲストハウスに帰ってくるたび彼女は「おかえりなさーい!」と声をかける。「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」しかないカオサンのゲストハウス。

 今宵も彼女は、宿泊者たちと酒を酌み交わし旅の話で花を咲かせているだろう。

【西尾康晴】

2011年よりタイ・バンコク在住。『Gダイアリー』元編集長。現在はバンコクで旅行会社を運営しつつ各媒体で執筆活動も行っている。Twitter:@nishioyasuharu

<取材・文/西尾康晴>

日刊SPA!

最終更新:6/28(水) 23:57
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