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江戸時代の性のスキャンダル~僧侶編~

6/29(木) 19:00配信

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 江戸時代、僧侶は妻帯を禁じられていた。遊里で遊ぶことも厳禁である。ところが、実際には女犯(にょぼん)僧は多かった。女犯とは女と情を通じることである。『文化秘筆』に、つぎのような話が出ている。

 文化十三年(1816)のこと。牛込のあたりに天徳院という裕福な寺があった。天徳院は裏で金貸しをしており、ひそかに幕府の寺社奉行にも金を貸し付けているほどだった。住職は吉原で遊ぶうち、遊女のひとりが気に入って身請けした。しかし、寺に置いておくわけにはいかないので、町屋に家を借りてそこに住まわせておいた。

 天徳院に金があることを知っている無頼漢が、住職が吉原の元遊女を妾にしているのをかぎつけ、
「寺社お奉行所に訴え出れば、どうなるでしょうな。女犯の罪でおそらく遠島……」
 と、ゆすりにやってきた。住職は富安九八郎という旗本に頼み、いくばくかの金でカタをつけさせようとした。だが、無頼漢は、
「そんな、はした金なんぞ」
 と、納得しない。そこで、無頼漢を捕えて土蔵に閉じ込めておき、元遊女の妾には手切れ金を渡して別れた。

 土蔵に閉じ込めていた無頼漢は金網を破って逃げ出し、寺社奉行に天徳院の住職の女犯を訴え出た。当時、五人の寺社奉行がいた。どの寺社奉行も天徳院に金を借りている弱みがあるため、訴えを受け付けなかった。ただ、青山大膳亮だけは金を借りていなかったため、訴えを受け付けた。ところが、この青山が急死してしまった。天徳院は安堵したが、そうは問屋がおろさなかった。当時の幕府には官僚主義がはびこっていた。すべて、仕事は前例にもとづかなければならない。役人は、
「いったん受け付けた以上、吟味をする」
 と、調べをおこなった。結果、天徳院の住職は遠島(島流し)になり、旗本の富安九八郎は謹慎をおおせつけられた。

 現代でも、有名なスポーツ選手などが、女性をめぐるスキャンダルをネタに大金をゆすられることは多い。ゆすっていた男が恐喝罪で逮捕されてマスコミが大々的に報じ、人々は初めてスキャンダルの存在を知る。要するに、氷山の一角である。警察には訴えず、金で内密に処理されたため報道されなかった女性がらみのスキャンダルは、多数あるに違いない。

文/永井 義男

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