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追悼・森慎二コーチ。4月に語っていた「腕がとれた!」悪夢の故障

6/29(木) 7:11配信

webスポルティーバ

 6月28日の夜、埼玉西武ライオンズは森慎二投手コーチが多臓器不全のため、福岡市内の病院で死去したことを発表した。発表によれば、森コーチが亡くなったのは同日の午後0時10分。その前日に病気療養を理由とした休養が発表されたばかりで、あまりにも早い事態の急変に球界関係者の間にも衝撃が走った。

 Sportivaでは、わずか2カ月前に投手の故障をテーマにした連載で「森慎二編」を掲載したばかりだった。取材の際には、故障についての衝撃的な体験やリハビリの苦しさについて、ときに身振りもまじえながら穏やかな表情で語ってくれていた。自身の体験を若手投手たちへの指導に生かしたいと話していた矢先の訃報は残念でならない。森コーチが伝えてくれた壮絶な体験談を改めて再録するとともに、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

* * *

【シリーズ「もう一度投げたかった」──森慎二】

 2002年、2003年と2年連続で最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得した西武ライオンズの快速リリーフ投手は、2005年オフにポスティング制度を使ってタンパベイ・デビルレイズ移籍を果たした。だが、シーズン開幕直前、投手生命を絶たれるほどの大ケガに見舞われてしまった......。右肩脱臼で全治1年──。メジャーリーグが夢と消えた瞬間、森慎二は何を思ったのか?

◆超合金ロボットの部品が壊れるみたいに......

──2006年、森慎二さんはメジャーリーグでプレーするためにタンパベイ・デビルレイズ(現レイズ)と契約し、アメリカに渡りました。当時、31歳。日本のプロ野球で9年間の実績を残し、満を持してポスティング制度でのメジャー移籍でした。いちばん脂が乗り切った時期でしたね。

「アメリカで野球をすることについて、気になるところが全然なかったわけではありませんが、ほとんどはクリアできると思っていました」

──メジャーリーグのボールは、日本とは大きさも手触りも異なります。マウンドはコンクリートのように硬い。当然、気候も全然違います。もちろん、言語やトレーニング方法も。

「そうですね。日本と違うところはたくさんありました。でも、ボールの違いもマウンドの硬さにも、すぐに対応できました。日本だとリリーフでマウンドに上がるときにはボコッと掘れていることが多くて、リリーフ投手としては投げにくいときもありましたが、アメリカではその心配がありませんでした。やりにくさを感じたのは、投球練習の球数が制限されていたことくらい。それも、練習後に遠投を増やすことで不安は解消できました」

──気候についてはいかがでしたか。

「春季キャンプはフロリダで行なわれたのですが、太陽が出ているときは乾燥しやすいなと感じたものの、暖かいので汗も出て、僕にとってはやりやすかった」

──ところがキャンプ中から右肩に違和感があり、何度かオープン戦の登板を回避しました。そして開幕を控えた3月20日、森さんはついにオープン戦のマウンドに上がりました。

「結果的には、もっと慎重にやればよかった。あのとき、投げなければよかった。原因はひとつではなかったのですが、どれかひとつでも取り除くことができれば、あんなことは起こらなかったと思います。

その前に違和感があったときに、軽い肩の肉離れをしていたのかもしれません。でも自分では『大丈夫、投げられそうだ』と思ったので、マウンドに上がりました」

──3球目を投げた瞬間、マウンドでうずくまってしまいました。

「ボールを離す直前に、肩がポコッと外れてしまいました。超合金ロボットのおもちゃの部品が壊れるみたいに。『あっ、右腕がとれた......』と思いました。正確には後ろに外れたのですが、自分としては『腕が飛んだ』ように感じました」

──そのとき、何を思いましたか。

「これは『もう終わったな』と......二度とボールは投げられないと」

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