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エベレストに求めていた解がある気がした[南谷真鈴 #2]

6/29(木) 8:30配信

Forbes JAPAN

日本人最年少でエベレスト・七大陸最高峰の登頂に成功した南谷真鈴。なぜ彼女は19歳という若さでそれを成し遂げることができたのか。エベレストを目指したきっかけを聞いた。



──苦悩を乗り越えるための手段には、山登り以外にもさまざまな方法が考えられたと思います。なぜ、山だったのでしょうか。

南谷真鈴(以下、南谷):山登りを始める前には、楽器を演奏したり、絵を描いたりしながら、自己表現の方法を探った時期もありました。乗馬もしたし、水泳スクールにも通いました。

いろいろ試してみて、どれも楽しかったけれど、いまひとつしっくりこなかったんです。そんな中で、自分がもっとも惹かれて、かつ、求めている答えに導いてもらえるような予感がしたのが、山登りでした。

初めての山登りは、13歳のときでした。当時私は香港に住んでいて、学校のハイキングで行った場所が、ヴィクトリア・ピークでした。観光名所であり、子供でもすぐに登れる身近な山ではあるのですが、体力的に辛いことには変わりありません。苦しい思いをしながら一歩一歩進んで、頂上にたどり着いた時の達成感は格別でした。

また、ヴィクトリア・ピークは少し特殊な地形で、頂上から見下ろすと片側は高層ビル群、反対側は深い緑の山々、と違う景色が広がっているんです。自分が普段暮らしている都市部と自然を一度に見下ろした時の爽快感は最高でした。辛い思いをしながら登りきった充実感と景色の美しさが相まって、山登りが、それまで自分が経験してきた他のどんなことよりも素晴らしいものに感じられたんです。

──その後は、どのようにして続けていったのでしょう?

南谷:初めて山登りと同じ時期に、「英国エディンバラ公国際アワード」の香港部門に参加したんです。これは、参加者一人ひとりが自分の目標を設定し、達成させていくというプロジェクト。この時に私は、フィジカルを強化する部門で山登りを選びました。

プロジェクトの一環でネパールのアンナプルナに訪れたとき、山と山の間から、ひときわ高くそびえ立つエベレストが見えたんです。そのときに、「あの山こそが自分の登るべき山なんだ」と考え始めました。世界最高峰のエベレストに登ることで、自分の求めている答えが見つかるかもしれない、と。

──七大陸最高峰へ挑戦する直接のきっかけとなったのは、どのようなことでしたか。

南谷:17歳のときに両親が離婚し、香港から日本への帰国を余儀なくされたことでした。海外の大学に行くつもりでそのための勉強もしていたのに、半ば強制的に日本の大学に行かなければならなくなったんです。

そのときに私は、自分の人生なのに、まったく自分自身でコントロールができないことに憤りを感じました。そして、このまま大人になりたくない、自分が本当にやりたいことをやるんだ、と。そこで、かねてから目標としていたエベレスト登山を実行に移すことを決意したんです。

結果的に七大陸最高峰を制覇することになりましたが、最初からそれを目指していたわけではありませんでした。

最初に立てた目標は、エベレスト登頂。そのためのトレーニングとして最初に選んだのが南米大陸最高峰のアコンカグアで、その次にアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロに登り、次に西ヨーロッパ最高峰のモンブラン、と登っていくうちに「せっかくなら七大陸全部達成しよう」となったんです。[第3回に続く]

南谷真鈴(みなみや まりん)◎1996年12月生まれ。2016年5月にエベレストに登頂し日本人最年少記録を更新、同年7月にはデナリ登頂を果たして7大陸最高峰達成の日本人最年少記録も更新した。2017年4月、北極点に到達し、七大陸最高峰と南極点・北極点を制覇したことを示す「エクスプローラーズ・グランドスラム」達成の世界最年少記録を樹立した。早稲田大学 政治経済学部 国際政治経済学科在籍中。著書に「自分を超え続ける」(ダイヤモンド社)など。

Forbes JAPAN 編集部

最終更新:6/29(木) 8:30
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