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超ド級の日本画!異端の画家・川端龍子がめざした健剛なる芸術

6/30(金) 17:10配信

サライ.jp

取材・文/池田充枝

大正から昭和の日本画壇において、既存の概念を打ち破ろうと強靭な意思を抱き、生涯在野の雄として描き続けた異端の画家が、川端龍子(1885-1966)です。

和歌山で生まれた龍子は、10歳のとき家族とともに上京したのち、洋画家をめざして白馬会、太平洋画会で学び、文展入選を果たします。20代で新聞や雑誌の挿絵画家として職を得たことにより、龍子芸術の特徴の一つでもある、同時代の世相を俯瞰的に見るジャーナリズム性を習得します。

大正2年、洋画修行のために渡米しますが、帰国後まもなく日本画へと転向しました。その後、独学で日本画を学んだ龍子は、30歳で再興院展に初入選、2年後には同人に推挙されます。

しかしながら、当時、繊細巧緻な画風が主流であった院展において、大胆な発想と筆致で構成された龍子の大作は「会場芸術」と批判されたことなどもあり、院展脱退にいたります。

そして昭和4年、「健剛なる芸術」をめざして「青龍社」を創立、戦時中も展覧会を開催するなど精力的な活動をするなかで、一貫して大衆のための作品を発表し続けました。

そんな画家・川端龍子の没後50年を記念した展覧会が、東京の山種美術館で開かれています。

本展は、初期の洋画や挿絵画家時代の資料から、第一回青龍展に出品した記念すべき作品《鳴門》、ジャーナリズム精神の発露といえる《爆弾散華》や《金閣炎上》、会場芸術の象徴ともいえる7.2メートルを超える大作《香炉峰》まで、名だたる代表作を網羅した特別展です。

本展の見どころを、山種美術館館長の山崎(正しくは「たつさき」)妙子さんにうかがいました。

「“健剛なる芸術”の創造を唱え、大衆に訴える作品を描き続けた日本画家・川端龍子。洋画から日本画への転向や院展脱退、絵画団体「青龍社」の樹立、規格外の大画面制作など、従来の枠組みを破るため常に挑戦し続けました。

本展では、龍子の画業の初期にあたる挿絵画家期の資料や希少な油彩画、第一回青龍展に出品した記念碑的な《鳴門》(山種美術館)、また会場芸術の象徴でもある横幅7メートルを超える大作、さらには平安時代の装飾経にヒントを得て現代でも高評価な《草の実》(大田区立龍子記念館)など、龍子の代表作を一挙公開します。

生前、「昭和の狩野永徳」とも評された龍子の描いたスケールの大きく豪快な作品をご堪能いただける展覧会です。

とくに注目すべきは、《慈悲光礼賛(朝・夕)》(6月24日~7月23日展示)、《鳴門》、《爆弾散華》《夢》をはじめ、院展や青龍展で日本画家・川端龍子の初期から晩年にいたる代表作を一堂に展示するという点。さらに、当初は龍子の作品に与えられた「会場芸術」という批判の言葉を逆手にとって、大衆のための大型作品を次々と発表した龍子の画業の「超ド級」なスケールを体感できる内容です。

一方で、1日1句の制作を晩年まで貫き、「ホトトギス」同人だった龍子。俳句を絵入りで記した短冊、小さな子どもを慈しむような作品など秘蔵の初公開資料も展示。これまであまり紹介されていなかった、真摯で柔和なもう一つの龍子の素顔にも迫ります」

異端の画家の渾身の力作を、ぜひ会場でご覧ください。

【展覧会詳細】
『没後50年記念 川端龍子 ―超ド級の日本画―』 
■会期/2017年6月24日(土)~8月20日(日)会期中一部展示替えあり(前期:6月24日~7月23日、後期:7月25日~8月20日)
■会場/山種美術館
■場所/東京都渋谷区広尾3-12-36
■電話番号:03-5777-8600(ハローダイヤル 8:00~22:00)
■開館時間:10時から17時まで(入館は閉館16時30分まで)
■休館日:月曜日(ただし7月17日は開館)、7月18日(火)

取材・文/池田充枝

最終更新:6/30(金) 17:10
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