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涙でかすんだ最終打席の1球目。森本稀哲氏が引退試合で感じた“チームメートの愛”

6/30(金) 10:30配信

ベースボールチャンネル

 1998年のドラフト会議で日本ハムファイターズに4位指名され、プロ入りした森本稀哲氏。16年間の現役生活で印象に残っているできごと、試合やプレーについて聞いてみた。

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■現役時代の思い出

――現役時代で一番印象に残った試合やプレーはありますか?

森本:今思い出しても2006年の優勝と日本一になった瞬間は嬉しかった。あとは引退試合の最終打席ですかね。

――日本一になった瞬間は、どんな気持ちでしたか?

森本:初めてレギュラーを獲った年だったんですよ。それまではずっとベンチや寮で試合を見ていて、『いつかは自分もあの舞台で…』と、憧れていた瞬間に立ち会えた。それはもう何とも言い表せない想いがありました。

――優勝決定後はビールかけが行われますが、ビールを浴びると、それだけでも酔ってしまうものですか?

森本:もう本当にすごいですよ、あれは。目も痛いですし。でも、ビールをかけられるという喜びの方が圧倒的に大きいですよね。あれをやるために、と言ったら語弊があるけど、ビールかけをしたいからどの球団もキャンプから、自主トレからキャンプから準備するわけです。“勝利の美酒”は格別です(笑)

――ビールかけで一番思い出に残っていることはありますか?

森本:日本ハムは当時、ビールかけが初めてだったということもあり、常温でやること知らなくて、冷えたビールが並んでいたんですよ! もう本当にすごくキンキンに冷えていて、ものすごく寒かったのを今でも覚えてます(笑)

――日本シリーズだとその後に試合を控えてはいませんが、レギュラーシーズンでは翌日に試合が組まれている場合もあります。そういった試合は、かなりしんどいのではないですか?

森本:しんどいでしょうねえ。その翌日はだいたい若手選手を中心にオーダーが組まれているんですよ。でも若手選手は、ポストシーズンも1軍に残るために結果を残さなきゃいけないので、本当に大変な思いで出ていると思いますよ。


■引退試合

――引退試合の時のベンチの様子はどのような感じだったのでしょうか?

森本:あのとき、ベンチでは「稀哲さんまで回せー!」なんてみんなが話していたんです。最初は嬉しかったんですけど、最後(9回)は、1番からの打順で、僕は途中から出場したので7番に入っていたんです。

1番から始まって7番まで打順を回すって、なかなかできることではないじゃないですか(笑) だから現実的には、そんなうまく打順が回ってこないだろうなって思っていたんです。だけど、みんなの想いがつながって本当に打順が回ってきちゃった感じでしたねー。

――ネクストバッターズサークルに立っているとき、涙をこらえている姿が印象的でした。

森本:みんなが必死に回そうとしてくれている姿を見て、感動はしていたんです。でも、キャプテンで後輩のクリ(栗山巧)が必死に粘ろうとしている姿を見て、なんか申し訳ないなっていう気持ちと、2アウトの場面だったので、ここでクリが凡打したら責任を背負ってしまうんだろうなあと考えていました。だから『何としてでも回ってきてほしい』と思いながら見ていたら四球を選んでくれたので、想いが一気に溢れてしまった、という感じでしたね。

――打席に立った時も涙をこらえられている印象があるんですけど、ボールはちゃんと見えていましたか?

森本:正直に言うと、1球目は涙でかすんでしまい見えにくかったです(笑) でも2球目からはだいぶ冷静に見ることができました。

――あの時は、メヒア選手も今までに見たことない勢いで走っていました。

森本:ははは(笑) ランナーが一塁にいてメヒ(エルネスト・メヒア)がゴロ打ったときって、もうほぼ100%ダブルプレーになるんですよね。だからメヒがゴロを打った瞬間に『終わったなー』と思いながら、藤田一也選手(楽天)がファーストに投げるところをパっと見たんです。そうしたら、メヒがすでに一塁を踏んだ後だったので『メヒもそういう想いでやってくれてたんだなあ』と、感動しちゃいました。

――あの涙にはチームメイトからの愛が詰まっていたのですね。


■助っ人選手たちの力は偉大

――メヒア選手もそうですが、森本さんは助っ人選手とよくコミュニケーションを取られている印象があります。コミュニケーションをとるようになったきっかけはありますか?

森本:2000年に当時日本ハムファイターズがニューヨーク・ヤンキースと提携していたので、1カ月半くらい秋のキャンプに毎年2人派遣されていたんですよ。で、2000年に僕も2年目で選んでいただき、正田樹と一緒に行ったんです。言葉が通じない、文化も違うなかにいると、なんか僕らのことを悪く言っているのかなって思えてきちゃって、言葉の壁がすごいストレスになっていたんです。

 それ以降は、外国人選手も日本に来たらこういう感じなんだろうなと思うようになり、僕は外国人選手に率先して話をするようになったんですよね。僕が行っていた時も、外国人選手が何とか理解しようとしてくれたんです。それが本当に嬉しかったから、自分もそうしてあげなければいけないし、なんかストレスたまっている選手がいたら『チームメートは絶対悪口を言わない』ということを伝えていました。やっぱり外国人選手の力はすごく大事だと自分が感じてからは、コミュニケーションをとろうと思うようになりました。

――コミュニケーションを取ろうとせず、チームになじめないという選手も中にはいらっしゃると思うんですけど、そういう選手に何かアドバイスはありますか?

森本:いやいや、そういうプライドの高い選手にはあまり言うことはないです。ベースボール発祥の地・アメリカから来る、日本の野球をちょっと見下してくるような選手はみんなうまくいかずに帰っていくように感じます。

――以前森本さんは、メヒア選手に『1年目で成功したからといってそこで怠けるんじゃなくて2年目も気を抜かずにやる』と話したことがあるとおっしゃられていましたよね。

森本:メヒアには本当に頑張ってほしいと思っているし、やっぱり外国人選手の力は偉大なんですよ。だからこそチームに融合してもらいたい。そのための手段は選ばない、といった感じです。


森本稀哲(もりもと ひちょり)

高校野球の名門・帝京高校の主将として甲子園に出場。
1999年ドラフト4位で日本ハムファイターズに入団。
2006年には1番レフトとして活躍、チームを日本一に導く。
2011年横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)移籍。
2014年埼玉西武ライオンズへテスト入団。
現在は、経営コンサルティングを手掛ける『CKPLAT』に所属。
野球解説やタレントのほか、ビジネス関係の講演も行っている。


飯塚紗穂

ベースボールチャンネル編集部