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【江戸クイズ】旅籠屋が最も多かった宿場町はどこ?

6/30(金) 18:10配信

サライ.jp

文学や浮世絵などでもおなじみの東海道。街道沿いには富士山や浜名湖など見どころも数多くあり、人々は時に寄り道をしながら旅を楽しみました。

今回はそんな東海道に関するクイズを4問、「江戸文化歴史検定」(通称・江戸検)の過去問題からピックアップしてみました。ぜひ挑戦してみてください!

【クイズ1】
東海道で宿駅間がいちばん長いのは、次のどの区間でしょう? それは海路で、7里(約28キロメートル)ほどありました。

(い)日本橋―品川宿
(ろ)小田原宿―箱根宿
(は)舞阪(舞坂)宿―新居(荒井)宿
(に)宮宿―桑名宿



正解(に)
東海道経由で江戸と京の間は約126里6町(約495キロメートル)で、宿場町間の平均の距離は2里余り(約9キロメートル)になる。いちばん長いのは「七里の渡し」といわれる宮と桑名の間である。

【クイズ2】
東海道が通る安倍川や大井川では、橋は架けられず、渡船も許されず、徒歩で渡るしかありませんでした。では、この「歩行渡し」についての記述のうち、間違っているのはどれでしょう?

(い)夜間に渡ることは禁じられた
(ろ)「輦台(れんだい)越し」がいちばん安かった
(は)駕籠をそのまま輦台に乗せて渡ることもできた
(に)人足に頼まず、ひとりで渡ることは禁じられた



正解(ろ)
安倍川や大井川には軍事的な理由から橋がかけられていなかった。川の水量が増すと渡ることができなくなったため(川留)、多くの旅人が迷惑をこうむった。

川越人足の手引きや肩車で渡るのに比べ、輦台は人足の数による料金の上に輦台の使用料がかかる。輦台の運賃が高いことは大名の参勤交代の失費となった。そのため国許から自前の台を持参することさえあった。使用料の高い理由は、急出水で台を押し流してしまうことがあったこと、破損しやすく維持費がかさむことが挙げられる。

【クイズ3】
天保14年(1843)の調査で、旅籠屋が東海道で最多の248軒あった宿場は、どこでしょう? 門前町として栄えたところで、歌川広重の保永堂版「東海道五十三次」では神事の様子が描かれています。

(い)川崎宿
(ろ)三島宿
(は)宮宿
(に)大津宿



正解(は)
東海道中最多の248軒を擁した宿場は宮宿である(現、名古屋市熱田区)。宮というのは熱田神社のことで、その門前町としても栄えた。別名、熱田宿ともいう。

【クイズ4】
東海道などの街道には、宿場と宿場の距離が長い場合、「間の宿」という場所が設けられました。では、「間の宿」で旅人ができなかったことは、次のうちどれでしょう?

(い)飲食をする
(ろ)馬を借りる
(は)駕籠を借りる
(に)宿泊をする



正解(に)
宿場と宿場の間には、旅人の休憩する「立場」「間の宿」があった。「立場」は小規模なもの、「間の宿」は大規模なものをいった。いずれにせよ、旅人に対する飲食の提供などは許されているが、宿泊業は許可されてない。

いかがでしたか? 今回最も難しかったのは1問目。正解率は50%でした! 解けそうで解けない、絶妙なラインです。これが解けた人は自信を持って江戸検定にチャレンジしてみてくださいね!


※問題の出典:『第4回 江戸検問題公式解説集』

取材・文/オノハルコ(晴レノ日スタヂオ)

最終更新:6/30(金) 18:10
サライ.jp