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NMB48・須藤凜々花の行動がまさに哲学者“カント的”だった!? 「死」は“無”なのか“永遠”か?

6/30(金) 11:00配信

ダ・ヴィンチニュース

 さて今回はいささか難解な哲学の本の紹介だ。その前に哲学と言えば、「アイドルだって、哲学する」(by秋元康)というキャッチフレーズでおなじみのNMB48のメンバー、りりぽんこと、須藤凜々花女史について触れておこう。

 6月17日の「第9回AKB48選抜総選挙」で結婚宣言をしたりりぽん。まさに自著タイトルにしてニーチェの言葉である、『人生を危険にさらせ』(幻冬舎)を地で行く哲学者ぶりを発揮する。21日の記者会見では、「自分の口で絶対に言いたくて。あの場で言うのは凄く悩んだが、ファンには自分の口で伝えたかった」(6月22日、ハフポスト日本版)と話した。

 つまり何はさておき、自分がすべきは「真実」を真摯に伝えること──そう、りりぽんは判断したのだ。その結果、どんな非難の渦中にその身を置くことになろうとも。

 このりりぽんの生きざまが、まさしく哲学者のイマヌエル・カント(1724年─1804年)的であることを教えてくれるのが、『明るく死ぬための哲学』(中島義道/文藝春秋)だ。

 カント研究の第一人者である著者が、20歳より古希(70歳)の今に至るまで、傾倒するきっかけになったと本書で明かすカントの道徳観はこうだ。

それは、この人生において「幸福を求めてはならない」ということである。正確に言い直せば、「幸福を第一に求めてはならない」ということ、幸福は常に「第二の地位になければならない」ということである。
(中略)
しかも、自分の幸福だけではない。カントは、他人の幸福も同じように第一に求めてはならないと言う。悩んでいる人、困窮している人が目の前にいても、彼(女)の幸福を第一に求めてはならない。なぜなら、そうすると往々にして真実を第一にしなくなる恐れがあるからである。第一章 古希を迎えて より
 転じて、「保身(幸福)のために真実を隠してはいけない」と、保身行為の溢れかえる世をチクリと風刺する著者。その意味において、りりぽんのとった行動は、カント的道徳観からみれば、じつに「あっぱれ」といえるものなのかもしれない。

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