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パラ陸上のレジェンドが語る。競技用車いす「レーサー」30年の変遷

7/1(土) 8:00配信

webスポルティーバ

 先ごろ引退を発表した、パラ陸上の車いす短距離界の第一人者である永尾嘉章さん。「レーサー」と呼ばれる競技用車いすの歴史(主に永尾さんのT54クラスについて)、アスリートを取り巻く環境の変化などについて、約30年にわたって競技人生を歩んできた永尾さんならではの話を聞いた。

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 まず、レーサーについて。現在の競技用車いすのレーサーは、日常で使う車いすとは異なる形状をしている。IPC Athletics(国際パラリンピック委員会陸上競技部門)競技規則には、「車いすは最低でも2つの大きな車輪と1つの小さな車輪で構成され、小さな車輪は車いすの前方になければならない」「後輪、前輪の直径は十分に空気を入れたタイヤを含んで、それぞれ70cm、50cmを超えてはならない」などと定められている。

 現在のレーサーは3輪だが、永尾さんが陸上を始めた35年ほど前は、生活用の車いすのタイヤにハンドリム(漕ぎ手の部分)をつけたもので、まだ4輪だった。素材は主にチタン製で、ホイールはスポークホイール。脚を前に出すような形で座っていた。

 その後、より軽いアルミ製のものが主流になり、1990年代に入ると、より空気抵抗が抑えられる3輪へと進化。座位にも変化が見られ、脚を前に出すより前にたたむように座ることで、力が出しやすくなったという。

「このころはまだスポークホイールで、ハンドリムを握るようにして漕いでいました。それに、まだトラックレバー(400mトラックなどでコーナーを曲がる際、前輪を左傾斜に合わせて曲げ固定し、また直進に戻すレバー)がついていないため、カーブは体幹を使って曲がらなければならない。だから、僕のT54と、ひとつ障がいクラスの重い(腹筋が機能しない)T53とのタイム差は大きかったですね」

 それから間もなくして、トラックレバーが装着されるようになる。両手で車輪を漕ぎ、スピードを維持しながら、グローブで「コツン」と叩いてレバーを押し込むことで方向操作ができるようになった。

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