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黒柳徹子ロングインタビュー「38歳で迎えた大きな転機の話」 [FRaU]

7/1(土) 11:01配信

講談社 JOSEISHI.NET

自分の居場所はどこにあるのか。今の仕事は自分に本当に合っているのだろうか。いっそ、ここではないどこかへ旅立って、自分を試してみたい――。黒柳徹子インタビュー全文公開。

自分を必要としてくれて 仕事があるということは、 なんとありがたいことか

ニューヨークで充実した毎日を過ごす徹子さんのもとに、あるとき、「ニュースショーの司会をしませんか?」という依頼が日本から舞い込んだ。

まだまだ学びたいことはたくさんあった。でも、ブロードウェイでは、能力はあっても仕事にありつけない人をたくさん見てきた。

「それで、自分を必要としてくれて、仕事があるということは、なんてありがたいんだろうと気づいて」

留学から1年、徹子さんは帰国を決意する。当時は、ニュースショーやワイドショーの司会は主婦の経験のある人がほとんどだった。

「ですから私は、当時のプロデューサーに『私は独身ですし、白のブラウスに紺のタイトスカートでなるたけ無難に、というわけには、いきませんけれど』と申し上げたんです。そうしたら、『いいですよ、時代は変わっています』と言っていただいたので、お引き受けすることにしました」
ところで、徹子さんが、毎年舞台に立っていることを知らない人もいるかもしれない。徹子さんはこの「13時ショー」の司会を約3年務め、番組はニュースショーからトークショーへと移行し、それが「徹子の部屋」となった。

「徹子の部屋」が始まって間もなく、ある出来事によって、徹子さんは、女優の仕事は舞台だけにしようと決心したのだ。

「若尾文子さんと一緒にテレビドラマで芸者さんの役をやったとき、ほろ酔い加減の芸者さんの芝居が、かなり真に迫っていたんでしょうね(苦笑)。撮影の合間に、小道具さんが私のところにやってきて、『本当は飲んでるんでしょ?』って言うんです。私、ビックリしちゃって! 普段でもお酒が飲めないのに、うまくやると、本当に飲んでいると思い込んじゃうのね。じゃあ、テレビで悪女の役を演じてしまったら、視聴者は、『徹子の部屋』を観ながら、『あの人、本当は悪女なのに、こんなに真面目に人の話なんか聞いちゃって』みたいに思うってことじゃない? それはよくないなぁ、と。

あとは、テレビだと、40代の女優に来る役は、お母さんとかばっかりで、お母さんでもおばあさんでもない、ヘンなお姉さんの役とか、全然ないの(笑)。そんなことがいろいろ重なって、じゃあもう、演じるのは舞台だけにしよう、と」
そうこうしているうちに、かつて「一丁目一番地」というラジオドラマで夫婦役を演じた高橋昌也さんが、今はなき銀座セゾン劇場の芸術監督に就任され「出てみませんか?」と誘われた。それが、30年続く徹子さんのライフワーク「海外コメディ・シリーズ」の始まりだった。日本では、あまり女性が主役のコメディは見かけないが、海外にはたくさんある。

「世の中って、つらいこと、哀しいことがどうしても多いけれど、せめてお芝居を観た後ぐらいは、『わー、面白かった』って、楽しんでもらって帰っていただきたい。だから、私は喜劇にこだわっているのです」
かつて、永六輔さんはこんなことを言っていた。

「生まれてきて、黒柳徹子の芝居を見ないで死んだらソンだ。そのくらい、黒柳徹子の芝居は面白い」

今年の演目は、「レティスとラベッジ」。'89年、「海外コメディ・シリーズ」の第1弾で、山岡久乃さんと共演した、徹子さんにとって非常に思い出深い作品の、再再演となる。

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