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都議選で公明党が自民党に背いた「組織の歴史的血脈」

7/4(火) 16:00配信

NEWS ポストセブン

 めまぐるしく風向きが変わった都議選だった。国会の混乱でイメージ低下を招いた自民党。公示間際に築地・豊洲共存プランを発表した小池百合子知事と、彼女が率いる都民ファースト。こうした「変数」に流されず、安定した選挙戦を展開したのが公明党である。評論家・古谷経衡氏がその“力の源泉”を歩いた。

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 公明党にとって東京都議会は特別の意味を持つ。1963年の東京都議会議員選挙(東龍太郎都政)にて一挙に17名の議員を獲得して地方議会に躍り出た同党(当時、国政では“公明政治連盟”を名乗った)は、続く1965年の都議選で「汚職追放」を掲げて23議席に躍進する。

 時を同じくして国政では公明党が結党(1964年)。爾来、国政の「動乱」をよそに都議会で、常に20議席台を確保し続けてきた。

 しかし今般、国政で自公連立を維持しながら、都議会で都民ファーストと結託するという「寝返り」をうった。これは1999年に小渕恵三が連立内閣を結成して以来、2009年~2012年の自民党下野時代においても一貫して国政・都議会で自公協力を貫いてきた公明党にとって初のケースとなる。

 なぜ、それほどまでに公明党は都議選にこだわるのか。ひとつは1995年の宗教法人法改正まで、宗教法人の許認可権は知事に任されていたことにある。公明党最大の支持母体である創価学会にとって、宗教団体の許認可権、すなわち教団の生殺与奪を握る都議会での政権党の確保は至上命題である。

 オウム事件を契機に現在、宗教法人の所轄は小規模法人を除き文科省に移ったが、初代会長・牧口常三郎が治安維持法違反の嫌疑で獄死し、二代目会長・戸田城聖も同法違反容疑で戦中、入獄の憂き目に遭った学会は、組織の体質として国家権力からの宗教弾圧への危機感という意識を抱え、であるが故に常に権力の側に入り込み安泰を求めようとする、とみてよい。

 だからこそ都議選への拘泥は、その後背に学会を控える公明党にとっては現在でも「全立候補者当選」を至上命題とする牙城なのだ。自民党に背き都民ファーストと結託する事情はこのような組織の歴史的血脈に求める事が出来る。

●ふるやつねひら 1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。主な著書に『左翼も右翼もウソばかり』『草食系のための対米自立論』。最新刊は『「意識高い系」の研究』。

○参考文献:薬師寺克行著『公明党』(中公新書)/参考資料:朝日新聞、OVA『人間革命』(シナノ企画)

※SAPIO2017年8月号