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バチカンで今、何が起きているか --- 長谷川 良

7/4(火) 17:08配信

アゴラ

バチカン法王庁(ローマ・カトリック教会総本山)の教理省長官、ゲルハルト・ミュラー枢機卿が今月2日付で5年間の任期を終わり、バチカンを去ることになった。理由は明らかにされていないが、ローマ法王フランシスコとミュラー教理省長官の関係が決して良好ではなかったことはバチカン関係者ならば知っていたことだ(教理省の前身はカトリック教理の番人「異端裁判所」)。

イタリアの日刊紙ラ・スタンパとイル・メッサジェロが1日、バチカン関係者筋の情報として流したが、バチカン側は同日午前(現地時間)、ミュラー長官が任期満了で退職するという報道を認め、その後継者に教理省次官でスペイン人のルイス・ラダリア大司教(Luis Ladaria)が任命されたと報じた。

ミュラー長官は2012年、ベネディクト16世(在位05年4月~13年2月)から、当時、退職する教理省長官ウイリアム・レバダ枢機卿の後継者に任命された。同じドイツ出身であり、ベネディクト16世の流れを汲む保守的神学者だ。

ミュラー長官は過去5年間、バチカン改革に乗り出したフランシスコ法王とは見解で相違があることが表面化していた。再婚者・離婚者への聖体拝領問題ではフランシスコ法王は「現地の司教が個々のケースを審査してサクラメントを与えるか否かを決定すればいい」という立場だが、ミュラー枢機卿は「離婚者、再婚者へのサクラメントは、夫婦は永遠に離れてはならないというカトリック教義とは一致しない」と主張してきた。フランシスコ法王の見解に基づいて、独のフライブルク大司教区が離婚者、再婚者への聖体拝領を一定の条件で認める決定を下した時など、ミュラー教理省長官は警告を発している、といった具合だ(「法王と教理省長官の“難しい関係”」(http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52056862.html)2013年12月21日参考)。

世界的神学者ハンス・キュンク教授は独誌シュピーゲルとのインタビューの中で、「ミュラー教理省長官の神学的立場は保守的であり、改革促進を模索するフランシスコ法王の路線と真っ向から対立している」とはっきりと指摘したほどだ。

ミュラー大司教は前法王べネディクト16世がドイツ教会から引っ張ってきた聖職者だ。その意味で教理省長官(ラッツィンガー枢機卿)を長く務めたべネディクト16世の目にかなった後継者だ。フランシスコ法王もその聖職者をそう簡単には代えられなかった、という事情があった。だから、任期が終わるのを待って、解任したと受け取るべきだろう。

ミュラー長官は、フランシスコ法王との関係について、「法王とは月2、3回会合するが、法王は教理省の仕事には理解を示している。法王と自分は確かに出身が違う。法王はイエズス会修道院出身であり、自分は神学教授だった。しかし、前歴の相違は相互補完するもので、対立するものではない」と説明してきた(「法王と教理省長官の難しい関係」(http://blog.livedoor.jp/wien2006/archives/52056862.html)2013年12月21日参考)。

しかし、聖職者の未成年者への性的虐待問題でもミュラー枢機卿とフランシスコ法王では見解が異なってきた。教理省は聖職者の性犯罪問題を担当しているが、ミュラー長官は、教会が組織的に聖職者の未成年者への性的虐待を隠蔽してきたという批判に対し、「教会は何も隠蔽してきていない」と強く反発したことがある。未成年者への性的虐待問題の厳格な対応を主張するフランシスコ法王とは明らかに違うわけだ。

興味深い点は、バチカンの重要ポストの責任者が1週間余りで2人、去ったという事実だ。1人はこのコラム欄でも前日報道したが、財務局長官のジョージ・ペル枢機卿、もう1人はミュラー教理省長官だ。前者は自身の未成年者への性的虐待容疑を受け、裁判に出廷しなければならないという事情から、止む得ない休職だが、後者の場合、ミュラー枢機卿自身は1947年12月生まれ、現在69歳で、年齢的にはバチカン高官の中でもまだ若い。通常、任期が延長されるのが普通だった。すなわち、両者の人事は通常のプロセスではないことが分かる。

もう少し、両者を比較すると、前者のペル枢機卿の場合、ローマ法王フランシスコ自身が2014年2月に新設したバチカン法王庁財務事務局ポストの責任者に抜擢した人物で、フランシスコ法王が評価してきた人物だ。同枢機卿はフランシスコ法王最側近のブレイン、9人の枢機卿から構成されたチーム(C9)の1人だ。ミュラー枢機卿の場合、前法王ベネディクト16世が抜擢した神学者であり、その見解はフランシスコ法王とは異なる。バチカンの改革を推進するフランシスコ法王にとって障害ともなる聖職者だったという点だろう。

参考までに、バチカンのナンバー2、ピエトロ・パロリン国務長官はフランシスコ法王の改革の理解者と見て間違いないだろう。パロリン国務長官は先日、べネズエラ日刊紙の質問に答え、「カトリック教会聖職者の独身制は教義ではなく、教会の伝統に過ぎない」と述べ、聖職者の独身制改革の可能性さえ示唆したことがある。

フランシスコ法王が期待してきたペル枢機卿が本人の意思に反して休職を余儀なくされた一方、法王と対立してきたミュラー教理省長官は去った。バチカン内の改革派と保守派の対立抗争は、一勝一敗の結果となったわけだ。両者間の対立はまだ決着ついていないから、戦いは続くとみて間違いないだろう。

なお、ミュラー枢機卿の後継者に任命されたルイス・ラダリア大司教はフランシスコ法王と同様、イエズス会出身だ。法王は信頼できる聖職者をイエズス会に求めているのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年7月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』(http://blog.livedoor.jp/wien2006/)をご覧ください。

長谷川 良

最終更新:7/4(火) 17:08
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