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重要文化財を微表情で科学する 不動明王は普段はニコニコ笑っていた!?

7/4(火) 9:00配信

HARBOR BUSINESS Online

 みなさん、こんにちは。微表情研究者の清水建二です。

 私は普段、様々な方々を対象に微表情分析を行っています。しかし、微表情分析がそうしたリアルな人間を対象にした実利的な分析以外でも活かされると思うことがあります。その一つが芸術鑑賞です。

 美術館しかり、博物館しかり、お寺しかり、道端にあるモニュメントしかり、様々な場所で顔に出会います。そうした場所で目にする様々な表情の中には、一見すると単純な表情でも、よく観ると微妙で複雑な表情が混じり込み、好奇心からそうした作品の背景について調べてみることがあります。

 ときに、それぞれの表情に関連した意外な事実や考察を発見することがあります。今回の記事では、そんな私の視点から得た芸術作品の新たな楽しみ方をご紹介したいと思います。

 今回取り上げさせて頂く作品は、ふと目にした瞬間、私の心に強烈な印象を与えた、運慶作、横須賀の浄楽寺所蔵の不動明王像です。(画像については、浄楽寺公式HPからご参照ください)

 不動明王の表情は、忿怒顔と言われ、怒り表情をしています。みなさんは、不動明王像の怒り表情を観ると、どんな感情が湧き起ってきますでしょうか?

 最初に感じられてくる感情は、「恐怖」だと思います。

 科学理論を持ち出すまでもなく、怒り表情は人に恐怖心を与えることを私たちは知っています。不動明王は怖い忿怒顔をして、私たちに恐怖心を与えます。これはなぜでしょうか?

 不動明王は仏の心がわからない者に対し、忿怒の表情で震え上がらせ、仏教に帰依するように強制的に働きかけると言われています。不動明王が左手で持つ縄で人間を縛りつけ、右手に持つ刀で、人間の欲を断ち切り、像の背景にある炎でその欲を燃やす、そんな意味が込められているそうです。

 さて、ここまでがよく聞かれる不動明王の解釈です。不動明王像の表情をよく観てみて下さい。忿怒、すなわち怒り以外にどんな表情が観られますでしょうか?

◆不動明王の額と口に垣間見られる憂い

 額に注目します。波状のしわが三本、生じています。このしわが額全体に水平に広がっていれば、驚き・興味・関心を意味します。しかしこの波状のしわは、額の隅までは広がっていないのがわかると思います。また眉頭がカギ型になっているところも重要なサインです。

 額の波状のしわとカギ型眉が示す感情は、恐怖です。そう、不動明王の額には恐怖がにじみ出ているのです。

 次に口に注目します。上唇に覆いかぶさるように下唇が引き上げられ、口角が引き下げられています。これらの表情が意味する感情は、それぞれ感情抑制と悲しみです。

 私がこれらの表情に気付いたとき疑問に思いました。力強さを体現する代表格の不動明王がなぜ、こうした弱々しい表情を垣間見せているのだろうかと。

 不動明王に関するいくつかの解説書を読んでみるとこの謎が解けてきました。

 不動明王のこころには、仏の心を理解できずに苦しみの世界から抜け出せない者を心配し、悲しむ、すなわち憂いがあるのだということです。

 しかし忿怒顔を維持するために、恐怖や悲しみは表情に出ないように感情抑制をしている、そういったところなのかも知れません。

 私は不動明王がそうした複雑な心境にあることにも感動しましたが、何よりそのこころが表情に体現されていることにさらに感動しました。「仏が仏像を彫らせる。」という仏師の言葉を聞いたことがありますが、この不動明王を彫る運慶のこころには不動明王がまさしく宿っていたのでしょう。

◆不動明王も、普段はニコニコ!? 目じりのしわから推察できること

 最後にもう一つ気になる表情といいますか、感情の痕跡があります。目じりを観て下さい。右目の目じりの方が見やすいと思いますが、そこに三本のしわが刻まれています。これはカラスの足あとといい、普通は笑顔になったときに生じるしわです。

 しかし、不動明王の表情に笑顔はありません。それではなぜカラスの足あとがあるのでしょうか?

 真顔のときにもカラスの足あと以外にも様々なしわが顔にある人を思い浮かべて下さい。おじいさんやおばあさんが思い浮かぶと思います。特定の表情を何度も長い年月をかけてする人にはその表情特有のしわが顔に形成されることが知られています。つまり目尻に笑いじわ、すなわちカラスの足あとがある人というのは、長い年月をかけ、日々笑顔を絶やさない人生を送って来た人なのです。

 このように考えると、不動明王は、今は忿怒し、憂いを帯びた表情をしていますが、平生はきっとニコニコしているのだと思います。

 観音三十三化身という思想があります。仏はあらゆるものに姿を変え、私たちを仏道の道に導こうとするという思想です。不動明王も例外なく、仏の化身です。そうであるならば、仏のにこやかな表情の痕跡が不動明王の目尻に残された、そんなふうに私は考えています。

 たまには忙しい喧騒を離れて、美術家や博物館などで表情観察してみませんか?微妙な表情筋の動きの中に、作品の、作者の繊細なこころが垣間見れるかも知れません。

<文・清水建二>

【清水建二】

株式会社空気を読むを科学する研究所代表取締役・防衛省講師。1982年、東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、東京大学大学院でメディア論やコミュニケーション論を学ぶ。学際情報学修士。日本国内にいる数少ない認定FACS(Facial Action Coding System:顔面動作符号化システム)コーダーの一人。微表情読解に関する各種資格も保持している。20歳のときに巻き込まれた狂言誘拐事件をきっかけにウソや人の心の中に関心を持つ。現在、公官庁や企業で研修やコンサルタント活動を精力的に行っている。また、ニュースやバラエティー番組で政治家や芸能人の心理分析をしたり、刑事ドラマ(「科捜研の女 シーズン16」)の監修をしたりと、メディア出演の実績も多数ある。著書に『「顔」と「しぐさ」で相手を見抜く』(フォレスト出版)、『0.2秒のホンネ 微表情を見抜く技術』(飛鳥新社)がある。

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