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千葉真一“憎んで別れた訳じゃない” 追悼「野際陽子」インタビュー

7/4(火) 8:00配信

デイリー新潮

 享年81で亡くなった女優・野際陽子。1994年に離婚するまでの22年間を夫婦として過ごした千葉真一(78)の追悼インタビューである。その出会いについて、千葉は「俺は嵌められたの。からめ捕られちゃったの」と、大物役者の意外な“肉食系”の素顔を明かした。

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〈結婚3年目には、女児が生まれた。ヤンチャな夫と、それを支える賢妻。そんなイメージが定着し、いつしか「おしどり夫婦」と言われるようになった。

 が、歯車がきしみ出したのは、結婚10年を過ぎた辺りか。千葉は事業に失敗し、多額の借金を抱える。また設立した芸能事務所「JAC」の経営に奔走し、ほとんど家には帰らなくなった。そして1994年、2人は離婚会見に臨むのだ。〉

「あの時はね、(借金逃れの)『偽装離婚』なんて書かれたんだ。

 でも、ホントは違くてね、俺がアメリカに行って、映画で勝負したいと思って、反対を押し切ったんだよ。

 もちろん家族で行こうとしたよ。陽子には、『お前、一緒に行って、アメリカでやってみないか』と勧めた。でも、陽子はずっと考えた末に、『アメリカでは、主婦としてはやれても、女優は出来ない。女優はやめたくない』。そこに19歳だった娘の樹里(女優・真瀬樹里)が『じゃあ離婚すればいいじゃん』と言ったんだ。お互いに夢を追うべきだよ、と。だから、憎んで別れたワケじゃない。会見の席でも、俺はずっと陽子の手を握っていたしね」

■10種類のスパゲッティソース

〈皮肉なことだが、それと相前後して、野際は女優として円熟期を迎えていた。とりわけドラマ「ずっとあなたが好きだった」で息子「冬彦さん」を溺愛する母役の“怪演”は、大きな話題となった。〉

「別れた後の陽子を見て、やっぱり家庭に入る女じゃなかったんだな、としみじみ思ったね。結婚している頃は、女房としての責任、というのがあったのかもしれない。俺が後輩なんかを連れて家に帰るでしょ。すると、大量のスパゲッティをゆでるの。それで、トマトソースとか明太子ソースとか、10種類くらいのソースを作るんだよ。納豆に刻みのりを和えた和風パスタとか。あれもこれも買ってきて、一生懸命準備をしていたね。それでみんなが好き好きのソースをスパゲッティにかけて食うんだよ。これはもう絶品。それを見ながら、陽子は楽しそうに赤ワインを呑んでいたな。

 俺は『帰った時にいろよ』『ご飯作れよ』と言ったこともない。でも、陽子にはどこかでそういう意識があって、仕事をセーブしていた面はあった。だから、実は俺と結婚してから、彼女はあまり売れなかったんだよね。それが別れて、亭主とか周りに気兼ねがなくなって、自由奔放に生きている感じがした。溌剌としていたよね。それが演技に出ていて、実際、売れたよね。あぁ、陽子は、俺と結婚していない方が良かったんだ……そう思ったよ。

 憎しみ合って別れたワケじゃないから、その後も樹里の誕生日のお祝いとか、時々は会って飯を食っていた。最後の会話も、やっぱり娘のことだったと思う。『アメリカに行きたいって言うけど、大丈夫かな』と聞くから、『やらせるべきだよ』と。

 今、振り返ってみても、俺は陽子との生活に、良い思い出しかないな。からめ捕られた結婚だったけど、幸せだったよ」

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最終更新:7/19(水) 16:54
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