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柴崎岳、テネリフェが惜しむ離別。1部昇格逃すも、日本人MFが勝ち取った愛情【現地記者の目】

7/5(水) 11:29配信

フットボールチャンネル

 16/17シーズン冬の移籍市場でスペイン2部のテネリフェに加わった柴崎岳。クラブW杯決勝でレアル・マドリーを相手に鮮烈なプレーを見せたこともあり、大きな期待とともにテネリフェ島に到着した。加入当初こそ適応に苦しんだものの、シーズン終盤、そして1部昇格を争うプレーオフでは傑出したパフォーマンスを披露。昇格こそ逃したものの、日本人MFは現地ファンの崇拝の対象となった。(取材・文:ラモン・エルナンデス【テネリフェ/マルカ】、翻訳:フットボールチャンネル編集部、協力:江間慎一郎)

●あまりにも激烈だった喧噪

 クルブ・デポルティボ・テネリフェは、本拠地としている土地に一致したチームであるように感じられる。この楽園のような島に主要な都市部はせいぜい3つか4つ程度しか存在せず、あとは静けさと自然と伝統で占められている。

 だが見誤ってはならない。この島のサッカーチームは、様々な社会的・メディア的・感情的・歴史的要素を複合させ、欧州大陸部から遠く離れた小さな土地を代表するだけではない何らかの存在であるかのようだ。

 クルブ・デポルティボ・テネリフェとは、巨大な感情を生み出し、メディアの並々ならぬ注目を引きつけ、それ故に大西洋に漂う一つの島に通常よりはるかに大きな重圧をもたらす。それらの要素を包含する団体だ。

 そのテネリフェの島に、テネリフェのクラブに、一人の日本人が流れ着いたのが1月のことだった。強大なる欧州王者の土台を揺るがし、一躍メディアの寵児となった日本人だった。柴崎岳は24歳にして初めて旅立ち、その内向的な性格にとってはあまりにも激烈な喧騒の中へと飛び込んできた。

 数十万ものツイートがその若者の名をつぶやき、数千ものウェブページや新聞紙面がその写真を掲載する中で、故郷から1万km以上離れた地で不確かな未来へと足を踏み出した。

 だが最悪なことに、それほどの冒険に乗り出したのは、世界最高の選手たちと一緒にプレーするためだったわけでもない。

 面積わずか2千平方キロメートル、人口は母国の127分の1という大西洋の小さな島で、ガクは2部リーグのチームに加入。ホテルの一室で孤独に過ごし、地元の言葉を一言も話すことも理解することもできず、それでいて一挙手一投足を数百のカメラや記者たちに追われ続けた。

●大西洋での最初の1ヶ月間は、まさに受難の日々

 24歳の青年にとって理想的な環境ではなかったという考えには同意していただけるだろう。急激な変化やメディアの視線は焦燥感を生み出すものであり、その内気で純粋な性格は彼を苛立ちと不安の塊へと変化させた。

 大西洋での最初の1ヶ月間は、まさに受難の日々だった。そう呼んで良いのかどうかは分からないが、柴崎が数週間にわたってサッカーから遠ざかり沈黙の中で苦しんでいたのは確かだ。

 練習することさえできず、日本に残してきたばかりの環境を懐かしんでいた。この臆病で細身なアジア人が、最も慣れ親しんだ場所で声を上げる存在になるとは誰も予想していなかった。サッカーのピッチ上という場所で。

 3月は彼にとって再起の月となった。バルセロナで数日を過ごし、島に戻ってホテルと生活習慣を変えると、正常にトレーニングを積み始めた。その頃になるとチームメートたちは、驚いた様子で彼を称賛し始めた。彼はピッチ上のプレーで話をするためには口を開く必要のない選手だった。サッカーという共通言語を使用するため、足にボールを持ちさえすれば良かった。

 順調な前進を遂げた彼に、エリオドロ・ロドリゲス・ロペスの扉は開かれた。スペインサッカーの歴史を刻んできたスタジアムだ。ガクがその3ヶ月前に2得点を奪って屈辱寸前にまで追い込んだ強大な欧州王者は、過去に2度、最終節の終了間際にここでリーガタイトルを失っている。バルダーノやハインケス、ベニテスといった者たちが、この島のサッカーの物語の最も輝かしいページを書き上げてきた歴史的なグラウンドだ。

 3月19日に柴崎はここで、スペインのサッカー界に初めてその名を残した。不利なスコアを覆すことはできなかったが、ファンは彼に向けて巨大な愛情を示し、日本人選手の披露するプレーに向けて早くも歓声を上げ始めていた。

●島に流れ着いた日本人は崇拝の対象に

 この島のサッカーを愛する者たちとガクとの蜜月の始まりだった。流れるような素早い動きで、常にワンタッチかせいぜいツータッチでボールを捌くプレーや、誰よりも速くゲームを見定めるため最適な位置取りをするその力により、不動のレギュラーの座を手にした。だがチームは、最後の目標にあと一歩及ばなかった。

 その道のりの中には、特に目を引く働きがいくつかあった。アルコルコンでの試合も特筆に値するものだ。ボールを触り、プレーに絡み、マークを外してゴールを決める。柴崎の頭にはそういう考えがあったに違いない。簡単なように見えるがそうではない。

 彼の最高のプレーが引き出される場所であるラインとラインの間で奮闘し、昇格を目指し続けてきたが、結局手が届くことはなかった。プレーオフの舞台でもガクはキープレーヤーとなり、ホームの観客の前での最初で最後のゴールも記録した。テネリフェを決勝へ導くゴールだった。だが、それでも届かなかった。

 加入当初のようなメディアの喧騒や、周囲からの注目や、彼に苛立ちと不安をもたらしていた何千人ものファンからの視線が、突然のように称賛を込めた形で戻ってきた。まるでレオ・メッシであるかのように、テネリフェの人々は彼らのスター選手である日本人に「黄金のボール」を贈ることを要求していた。

 この島に流れ着いた日本人が崇拝の対象となったことを確信しつつ、大勢のファンが愛情を込めた讃歌を歌い、彼にサインをねだるようになった。あと一歩で昇格を逃して1週間を経た今、この島は、プリメーラで戦うことを望みその力を持つサッカー選手との離別を惜しんでいる。彼はその道筋となった楽園に足跡を残して去っていく。

(取材・文:ラモン・エルナンデス【テネリフェ/マルカ】、翻訳:フットボールチャンネル編集部、協力:江間慎一郎)

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