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珍現象:南極の氷の底からのびる「死のつらら」を撮影

7/5(水) 10:24配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

 南極大陸のデュモン・デュルビル基地から歩いてダイビング地点に着くと、前日にドリルで開けておいた穴に氷が薄く張っていた。この穴は、厚さ3メートルの海氷を貫いている。人間1人がやっと通れるぐらいの大きさしかなく、その下は海。こんなにも狭い穴を通って潜水するのは、初めての経験だ。まずは私が海に入ることにした。

【写真ギャラリー】南極の海中に広がる美しい別世界 写真12点

 体をよじりながら狭い穴を降りていく。ようやく海に潜って見上げると、ぞっとするような光景が目に入った。通り抜けたばかりの穴が、早くも閉じようとしている。

 今回、私は36日間かけて氷の下の海へ入り、水深70メートルまで潜る。南極の氷の下の海にそこまで深く潜った人間は、まだ誰もいない。数々の潜水をこなしてきた私にとっても、異次元の体験になりそうだ。なにしろ条件は過酷を極める。

 身に着けた装備の重さは1人当たり90キロ。潜ってからも動きにくく、泳ぐのはほぼ不可能だ。数センチほど露出した頬の皮膚は、あっという間に感覚を失い、時間がたつにつれて刺すような痛みがどんどん強くなる。ようやく氷点下の海からはい出しても、頭がうまく回らず、装備を外すことさえ考えられない。だが一番つらいのは、体が温まり始めて血行が良くなってきた頃の痛みだ。最初の潜水から4週間たつと、暖かい場所にいても爪先の感覚が戻らなくなった。

 そんな思いをしてまで、なぜ南極の海に潜るのか。一番の理由は「光」だ。この海には、写真家をとりこにする光がある。春先には、海水を濁らせるプランクトンがまだ多く発生していない。氷の下の海は光を散乱させる粒子がほとんど存在せず、透明度が抜群に高いのだ。氷の割れ目やアザラシの呼吸穴からこぼれるわずかな光は街灯のようで、海中の風景に柔らかい光を投げかけている。

 海氷の底から「つらら」状の氷が延びた奇跡のような光景にも出会った。氷点下の濃い塩水が氷の隙間から漏れ出して、その周囲の海水を細長く凍らせたもので、「ブライニクル」と呼ばれる。短時間しか見られない珍しい現象だ。

 海底の風景は実に多彩だ。アデリー海岸のある東南極では、アザラシやペンギン、鳥類の種は非常に限られていて、陸生哺乳類に至ってはまったくいない。海底も不毛の地だと思われるかもしれない。ところが実際には、太古から続く豊かな“海の庭園”が広がっているのだ。

※ ナショナル ジオグラフィック7月号特集「南極 氷の下の優美な別世界」では、これまで見たことのないような南極の水中写真の数々を紹介します。

Laurent Ballesta/National Geographic

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