ここから本文です

瀬戸内の島から風待町へ――『風待町(かざまちちょう)医院 異星人科』著者新刊エッセイ 藤崎慎吾

7/5(水) 7:00配信

Book Bang

「風待(かざま)ち」という言葉の響きに惚れこんだのは、一〇年以上も前、広島県の大崎下島(おおさきしもじま)を訪れた時のことだ。ここに「風待ち・潮待ちの港」御手洗(みたらい)があった。古い屋敷の並ぶ街に繁栄の面影を残すが、今はひっそりと静まっている。

 御手洗が港町として発展し始めたのは、三〇〇年ほど前のことだ。当時はまだ一枚帆(横帆)の船が多かった。向かい風さえ利用できる現在の帆船とは異なり、昔の和船は順風でしか進めない。しかも構造上、強風に弱かった。だから適当な風が吹いてくるまで一晩、時には何日も足止めを食らう。

 その間ずっと船に籠もっていられない水夫は、娯楽を求めて港町に繰りだした。彼らは精力のある男たちだから、自然と遊女が集まり、色街ができていく。また「おちょろ」と呼ばれる小舟で、錨泊(びようはく)中の船に押しかける遊女もいた。彼女たちは単に夜伽(よとぎ)をするだけでなく、客の食事や洗濯、繕(つくろ)い物など身の回りの世話もして、現地妻のような役目を果たした。

 商売と割り切ってはいても男と女である。風待ちが長引けば、情が移ってしまうこともあった。しかし船が出れば、別れざるを得ない。そこに、いくつもの切ない物語が生まれた。

 様々な土地から、風に吹き寄せられて集まる男たち――それを迎えるのもまた寄る辺(べ)のない女たちだ。一時の契りと安らぎを得たところで、再び風が吹けばいずこへともなく散っていく。様々な人生が交錯しても、留まることはない。

 そんな風待ちの港を、今よりはもう少し時の流れが穏やかだった自分の少年時代に、ちょっと妖しい空想の色をつけて、蘇(よみがえ)らせてみたくなった。地球という宇宙の小島――そこに置き忘れられたような小さい港町があって、様々な事情を抱えた不思議な訪問者たちが流れ着く。彼らがひととき触れ合うのは、やはり町の片隅に暮らす寄る辺ない人々だ。

 そして五つの物語が生まれた。もしセピアがかった記憶の中に、港を吹き渡る風と潮の香りがあったら、読後に懐かしく思いだしていただけることだろう。

[レビュアー]藤崎慎吾(作家)
ふじさきしんご 1996年、「レフト・アローン」で第15回SFファンジン大賞を受賞。’99年、『クリスタルサイレンス』で単行本デビュー。近著は『深海大戦Abyssal Wars』(全三巻)。

光文社 小説宝石 2017年7月号 掲載

光文社

最終更新:7/5(水) 12:26
Book Bang

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Yahoo!ニュースからのお知らせ