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吉田戦車×江口寿史 対談――“YouTubeの猫動画にはかなわない時代”にギャグ漫画家が挑戦した絵本とは?

7/5(水) 16:00配信

週刊SPA!

 『伝染るんです。』『殴るぞ』『ぷりぷり県』『おかゆネコ』など、ギャグ漫画家として数々の作品を送り出している漫画家・吉田戦車が、2冊目となる絵本『走れ! みかんのかわ』を上梓。あるものを追いかけて走るみかんが、リンゴやバナナ、馬などと遭遇し、最後に出会ったのは……? 発売を記念して開催された、漫画家・江口寿史とのトークショーを完全レポート!

⇒【写真】『伝染るんです。』の一コマ

――07年に漫画家の伊藤理佐さんとご結婚されて、10年にはお子様が誕生。子育てをしていくなかで生まれたのが、吉田さん一冊目の絵本となる『あかちゃん もってる』(河出書房新社)でした。2冊めの絵本に取り組もうと思ったきっかけは?

吉田:ビッグコミックスピリッツで連載していた『おかゆネコ』が16年に連載終了したんですよ。ちょっとゆっくりできるかなと思っていたんですけど、そしたらすかさず、一冊目の絵本『あかちゃん もってる』の担当編集者が「ヒマですよね。描いてください」って連絡してきて……。

江口:「ヒマですよね」って、敏腕ですね(笑)。制作にはどれくらい時間をかけたんですか?

吉田:一日で見開き一枚(2ページ)が限界で。20見開きなので、のべ20日間くらいかかりました。一冊目は子供が好きそうだなと思ってこってりとしたアクリル絵の具を使って描いたんですが、これが難しくて難しくて……。今回は、墨インクに水彩絵の具で着彩しました。普段の漫画と同じ作業なので、その点は楽でしたね。また、一冊目の絵本は『いないないばあ』みたいな、一番対象年齢の低い絵本を目指していたんですが、今回は親御さんとコミュニケーションを取りながら、読み聞かせできるような絵本を目指しました。

江口:お子さんの成長によって、描きたいものも変わってきたんですね。

吉田:自分の子供はもちろん、まわりの子供たちが何を面白がるか、読者を間近に感じられたこともあって、ゲラゲラ笑ってほしいという気持ちで描きました。

江口:前回のは「絵本」ということを強く意識されてたように感じましたけど、今回の『走れ! みかんのかわ』は、気負いのない感じで描かれてましたね。いつも漫画で描いているような、ちょっとシュールな吉田戦車らしさも出ているし。漫画とか絵本とか区別せずに楽しめる作品。吉田さんは昔からチャレンジングですよね。俳句もギャグにしちゃうし(一枚の絵と俳句で日常世界を詠む、吉田の新ジャンル作品『エハイク』シリーズ)。それがすべて面白いのでいつも嫉妬しています。やりやがるな!って(笑)。

吉田:江口さんは絵本のオファーとかないんですか? たくさんありそうですが……。

江口:ええ、まあ、あるんですけど……ご承知の通り、描かないもんですから全部立ち消えて……(笑)。描いてみたいって気持ちはあるんですけどね。それこそ娘が1、2歳の頃は「擬音」とか「擬態語」とかをおしえる絵本とか、おもしろそうだなあって考えたり。でもそういうのはもうきっと誰かやってるかな。

◆ふたりが注目する絵本作家は?

――お二人が、描き手として注目されている、おもしろいと思っている絵本作品、作家についてお聞かせください。

江口:僕が娘と一緒に読んで好きだったのは、林明子さん。子供の体型の描き方がリアルでたまらない。自分が子供を描くときも、参考にしてましたね。リアルで、かつかわいい絵が好きなんです。『こんとあき』とかね。

吉田:お話自体は、結構恐いんですよね。死を予感させるような、シュールな夢のような世界。うちの子も大好きです。

江口:あとは五味太郎さん。できあがったものを見ると簡単なように見えるんだけど、誰にも真似できない発想なんですよね。400冊も出してるって、すごいなあ。

吉田:僕は、片山健さんの、乱暴なまでの迫力ある筆致がとても好きです。『どんどんどんどん』は、アリも野原も街も、全部踏み潰して歩いていく男の子の話なんですが、ラフなようでいてほかのひとには真似できない。子育てをする前からずっと好きな作品です。あとは、荒井良二さん。特に好きなのは『さるのせんせいと へびのかんごふさん』で、かんごふさんが、医療器具に変身して患者さんを治していくんです。僕の作品もシュールと言われたりするけれど、僕とは違うシュールさを描く作家さんだなと思っています。

◆吉田戦車は「パーカーを着た侍」

――江口さんは56年生まれの77年デビュー、吉田さんは64年生まれの85年デビュー。生まれた年も、デビューした年も8年違うわけですが、初めて顔を合わせたのはいつでしたか?

吉田:初めてお会いしたのは、江口さんの単行本に収録するための鼎談で、相原コージさんと3人でお会いしたんですよね。司会が河崎実さんで。

江口:そうそう、僕のリクエストで鼎談してもらったんだけど、ギャグ漫画家ってシャイな人が多いから。最初ずーっと黙ってて。「………」「………」「………」って沈黙が続いてて、司会の河崎さんがひとりでしゃべり続けてた(笑)。

――お互いの初対面の印象は?

吉田:僕はずっとジャンプで江口さんの漫画を読んで育ったので、お会いしたときは「あー、目の前に神様がいる」って気持ちでした。

江口:僕は作品のイメージが強すぎて、きっとこけしみたいな、目の細いヤツ(吉田の初期の代表作『戦え!軍人くん』のイメージ)が来るんだろうと思ってたら、意外とさわやかな好青年で(笑)。しかし、(鼎談の写真を見ながら)このころからパーカー着てるんだねえ。僕はずっと吉田さんのことは「パーカーを着た侍」って呼んでいるんです。

吉田:このときってバブルで、DCブランドが当たり前みたいな風潮だったじゃないですか。反発もあってパーカーを着ていたんですよね。何かのパーティにもパーカーで行ったら、岡崎京子さんに「普段着にもほどがある!」って言われたのをよく覚えてます。

江口:あ、そもそも吉田さんのことは岡崎京子さんがホメてるのを見て知ったんですよ。まず、吉田戦車って名前に衝撃を受けた。「吉田」と「戦車」が並んでる感じが醸し出す空気が不気味で、自分のなかにはまったくない新しい感覚を見たと感じました。それで『軍人くん』やら『鋼の人』なんかを読んでみたら漫画も名前どおりの新感覚で。まいりましたね。

――お会いしてみて、作品と本人のギャップはありましたか?

吉田:酒が入ってくれば、「ああ、漫画と同じ先ちゃんだなあ」って思うんだけど、素面だとお互いしゃべらないですよね。

江口:そもそも素面で話したことがほとんどないよね……。緊張するから、今日も一杯飲んでから来ました。いつも酒場で会うから昼間に街中でバッタリ会ったりすると変な感じですよね。お互い万歩計つけてウォーキング中だったりして。

吉田:最近50~60代の吉祥寺近辺の漫画家はみんなウォーキングしてますよね。

江口:もうみんなじじいだからね……。こないだも井の頭公園をウォーキングしてて、向かいから知ってる顔が歩いてくると思ったら大友(克洋)さんだったり(笑)。

◆「器の小さいマヌケさ」が愛しい(江口)

――お互いの、好きな作品について教えてください。

江口:まずはやっぱり『伝染るんです。』。なかでも好きなのが、みかんの皮をツルツルにするやつ! 僕もね、みかんの皮をツルツルにしないと気が済まないんですよ。だからすごくよくわかる。この、ヤクザが出てくる一連の作品を、僕は牛田シリーズって呼んでるんだけど、器の小さいマヌケさが愛しいよね(笑)。

吉田:ああ、でも僕のなかでやっぱりこういう「マヌケなヤクザ」っていうのは江口さんの描いた大空組(『ストップ!!ひばりくん!』)の影響があるように思います。

江口:あとはね、恋人同士なのに名字で呼ぶヤツ! 「山田!」って最高だよね。いま読んでも全然古くないですよね。女のコもかわいいし。僕、吉田さんの描く女のコ好きなんです。

吉田:ありがとうございます。もともと女の人のグラビアが載っているような雑誌でデビューしているから、女のコを一生懸命描きたいって気持ちは自分なりにあるんです。

江口:新しい字を発明しましたっていうのは、ここらへんから作風が確立している感じがします。

吉田:これは、当時の担当編集だった江上さん(江上英樹氏。元『IKKI』編集長)がフォントを作ってくれたんですよ。これ、作れるよって。このとき、江上さんは相原コージさん、竹熊健太郎さん、中川いさみさんという錚々たるギャグ漫画家を担当していて。このままじゃおかしくなる!って思って、精神のバランスを保つために吉川英治の『宮本武蔵』を読んでいたそうです。

江口:江上さんは僕も担当してもらっていたんだけど、最初漫画に異動してきたときは全然漫画に詳しくなくて。でも吉田さんを担当しはじめたあたりからのキレっぷりはすごいですよね。そこに、デザイナーの祖父江(慎)さんが加わるからもう……恐ろしい(笑)。

――最近の吉田作品だと何に注目していますか?

江口:『おかゆネコ』はね、まだ全部は読んでないんですよ。だって、この作品はおそろしいですよ。「おかゆ」で7巻も出すっておかしいでしょ。毎回違うおかゆだし、ギャグとしておもしろいし、ツブ(主人公の猫)もかわいいし。力技ですよ。吉田戦車にしかできない

吉田:「グルメもの×猫」って、最終兵器×最終兵器ですよね。でも、企画を出したときは「おかゆで続くわけない」って編集長にも反対されました。そこをあえてやるのがギャグ漫画じゃないかって押し切ったんですけど……取材は本当にイヤでしたね(笑)。

江口:これって全部作ってるんですか?

吉田:7割以上は作りました。ビールのおかゆとコーヒーのおかゆは本当にお勧めできません。

江口:レシピものとしても完成されていますよね。ギャグのおかゆにしようと思えばいくらでも変なおかゆって作れちゃうけど、それをしないでちゃんと食べれるレシピになってる。

◆のびのびとしたギャグのなかのいかがわしさがたまらなかった(吉田)

――吉田さんが好きな江口作品は?

吉田:僕は、コンタロウ(『1・2のアッホ!!』)さんがきっかけでジャンプを買い始めたんですけど、それで、中2のときに『すすめ!!パイレーツ』に出会って、夢中で読みました。『パイレーツ』も好きだけど、『ひばりくん』(『ストップ!!ひばりくん!』)は、いま読んでも、のびのびとしたギャグ漫画だなあって思います。いまだったら自主規制してしまうようなネタも、時代的に許されていましたよね。

江口:のどかな時代でしたよね。

吉田:のびのびとしたギャグのなかの、ちょっと山上たつひこさん的ないかがわしさ、いやらしさも、高校生としてはたまらなかったんです。強烈な脇キャラがいつつ、ひばりくんが主人公としてブレないのも素晴らしいですよね。自分は女の人が好きなんですけど、ひばりくんならいける!って今でも思います(笑)。いかがわしいという意味では、アクションゼロで連載していた『まんが道』(藤子不二雄A)のパロディ、『ドギワ荘の青春』も……。

江口:とんでもなく下品で……。いや、僕はとんでもなく『まんが道』のファンなんですけどね。単行本のあとがきでフォローしまくりですが(笑)。『ドギワ荘の青春』だけで一冊にして、藤子不二雄A先生に帯を書いてもらうのが夢です。テラさん(漫画家・寺田ヒロオ。『まんが道』の舞台となったトキワ荘のリーダー的存在)も大好き。

吉田:オリジナルのテラさんは人格者なんだけど……。

江口:だからこそひどく描きたくなっちゃって。聖人君子をひどく描いたり、ヤクザをお笑いにして描くのって楽しいんですよね。

吉田:文春漫画賞を受賞した『爆発ディナーショー』のなかでは、プッチンプリンの風呂に入る「トーマス兄弟」が一番好きです。妻の伊藤(理佐)も当時江口さんと同じ雑誌で描いていたんだけど、伊藤のお父さんが、雑誌を読んで「あのプッチンプリンの漫画、おもしろかったなー!」て褒めていたらしくて。「いや、確かにおもしろいけど、お父さんあたしの漫画の感想は?」って思ったそうです。プリンの質感がすごいんですよね。やっぱり『ひばりくん』後期からの絵のクオリティはすさまじいものがあります。

江口:まあ、全部自分で描いたわけではないんですが、実際手に乗せてみて質感を確かめたりはしていました。

吉田:振り返ってみると、江口さんのいろんな作品からギャグの影響は受けているんだなと改めて思いました。

◆YouTubeの猫動画にかなわない時代(吉田)

――いまは「ギャグ漫画家」というカテゴライズもあまりされなくなってきましたが、お二人がギャグ漫画家を目指した理由は?

江口:ぼくらのころは、まだ明確に「ギャグ漫画」というジャンルがあって、それがすごくかっこよかったんですよね。いまは「ギャグ漫画」という呼ばれ方はあんまりしないよね。吉田戦車の時代が最後の「ギャグ漫画家」だったんじゃないかな。いまの吉田さんは、ギャグもあり、そうでないものも描き、それこそ今回のような絵本も描き、「ギャグ漫画家」って意識はあまりないんじゃない?

吉田:そうありたいとは思ってるんですけどね。僕から見ると、江口さんは常にストーリーをにらんでいるなって印象でした。僕はずっと漫画が好きで、思春期のころに江口寿史、高橋留美子に出会った。その影響で、ギャグというかコメディというかをやりたいなって思っていろんな仕事してるうちに、4コマとかの短い仕事をもらうようになって、いつのまにか今に至っているような気がします。

江口:まじめにやると照れる性質だからっていうのもありますよね。完全なストーリーものはできなくて、どこかでハズしちゃう。感動させるのって、自分をさらけ出す作業だから、恥ずかしがっちゃって我々にはできないのかも。

――ギャグを表現するなかで一番楽しい瞬間は?

江口:『伝染るんです。』のときは、楽しくて仕方なかったんじゃないですか? 面白いギャグ描いてる時って、悪巧みしてるような感じしない?この漫画が世に出たらみんなびっくりするだろうな、ウヒヒ!って。

吉田:『美味しんぼ』とかメインの作品があって、すみっこでなんか変なことをやっているという。

江口:そして、雑誌の中で確実にその関係が逆転した瞬間があったように思います。自分が楽しんで描いてて、それがウケた瞬間はやっぱり快感ですよね。

吉田:ウケたときは楽しいけど、ウケ続けるのは苦しいですよね。手を変え品を変えやっていくしかない。

江口:どんどん若い感性が下から出てくるしね。

吉田:いま、もうYouTubeの猫動画にかなわないじゃないですか。写真とか現実の面白さを簡単に抽出できて、それが漫画より面白かったりする。時代が変わってきたんだなって感じます。

江口:とはいえ、吉田さんは目線というか、ものの見方自体が独自だから、吉田戦車の世界は、吉田さんが生きている限りは絶対にすたれないと思う。

吉田:ありがとうございます。僕は、この2~3年、江口さんが読者の人たちをイベントでスケッチし続けているのがとてもうれしいんですよね。もちろん江口さんの漫画は読みたいけど、でもいま僕が「ちゃんと漫画描いてくださいよ!」と言おうとは思わない。絵を描く道、漫画もいろいろだなって。絵を描くことを楽しんでる感じは、背中を見ていて心強いから。だってもう、背景の線を見ただけで「江口寿史の線だ」ってわかるとこまできてるわけじゃないですか。

江口:でも、最近は、ようやくちゃんと「歳」って考えるようになりました。もう、手塚先生が亡くなった年齢を超えてしまったんですよね。時間は有限だから。がんばらないとなあ。

●江口寿史

56年、熊本県生まれ。漫画家、イラストレーター。代表作に『ストップ!!ひばりくん!』『すすめ!!パイレーツ』など。92年に『江口寿史の爆発ディナーショー』で第38回文藝春秋漫画賞受賞。自身の日記をまとめた『江口寿史の正直日記』(河出文庫)、画業の集大成である画集『KING OF POP 江口寿史 全イラストレーション集』(玄光社)が発売中

●吉田戦車

63年、岩手県生まれ。漫画家。85年、成人向けグラビア雑誌でデビュー。代表作に『伝染るんです。』『殴るぞ』『ぷりぷり県』『まんが親』『おかゆネコ』(すべて小学館)など多数。90年代以降の不条理ギャグ漫画というジャンルを確立した。発売中の『走れ!みかんのかわ』(河出書房新社)は、『あかちゃん もってる』(河出書房新社)に続く2作目の絵本となる。7月より週刊ビックコミックスピリッツにて『忍風! 肉とめし』、ビックコミックオリジナルにて『出かけ親』を連載開始

(取材・文/牧野早菜生)

日刊SPA!

最終更新:7/5(水) 17:39
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