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アウェイ状態のオクシブ(=渋谷の奥)で、ほっと安らぐ台湾料理店――平松洋子の「この味」

7/6(木) 11:00配信

文春オンライン

 梅雨の晴れ間の土曜日。女友だち四人でギャラリーを回って、南青山→代々木へ流れ、「目と鼻の先のオクシブでお茶でも」となった。

 オクシブ=渋谷の奥。渋谷と富ヶ谷をつなぐエリアで、東急本店を過ぎて十分くらい歩くとシャレた店が増えてくるので、ここが話題のオクシブか~となります。それにしても巧いネーミングだ。喧噪から遠ざかった奥座敷感がじわじわくる。

 四人揃って、そのオクシブあたり、きょろきょろ歩く。フレッシュチーズ「チーズスタンド」、ノルウェイ・オスロのコーヒー専門店「フグレン」、ポルトガルのエッグタルトが抜群においしい(らしい)「ナタ・デ・クリスチアノ」、「キャメルバック サンドウィッチ&エスプレッソ」……足を止めて覗こうとするのだが、そうは問屋が卸さない。

 ぜんぶ行列。どこの店にも行列ができていて、門前に蚊柱が立っているかのよう。店に入れません。なぜ若いモンは行列が平気なわけ? と、素朴な疑問をつぶやいたら。

「スマホいじってると時間が潰せるわけよ」

 いちいち店にはじかれ、完全アウェイ状態。路頭に迷った四人に救いの手を差し伸べたのは、オクシブに入るなり通過した昔ながらの台湾料理店「麗郷」だった。

「麗郷」は一九五五年創業、富ヶ谷の支店は気がついたら出来ていたが、道玄坂の恋文横丁にある本店に初めて行ったのは、七〇年代半ばだった。渋谷近辺で芝居やコンサートに行った帰りは、まず「麗郷」。ぎっしり超満員のお客に混じって円卓を囲むのもうれしかった。

 台湾料理を初めて知ったのは「麗郷」だ。腸詰。山盛りのしじみ。極細のビーフン。粽(ちまき)。肉圓(バーワン)。干し大根の卵焼き。空心菜炒め……すさまじい数のメニューにも圧倒された。当時から、味も雰囲気も不動である。

 やっと確保した居場所に、四人ほっとする。

「じゃあビール」

 さっきまでお茶のつもりだったが、「麗郷」に救われたし、夕方四時過ぎだし、小腹も空いたし。

「それと、しじみ、焼きビーフン、腸詰、大根餅」

 長年通っているというひとりが頼むので、「あ、私もいつも同じ」。おまけに、すぐ後ろのテーブルの注文も同じだった。ずっと変わらない、定番の料理がある店は安心するねえと口々に褒め合う。「麗郷」は、その見本のようなすばらしき店だ。

 そういえば、と私はこの話をした。

 五年ほど前、道玄坂の店で、好物の焼きそばを食べていた。一階の大きな円卓でひとり、遅い昼ごはん。途中で相席のおじさんが席を立ち、すぐ背後のレジで支払いをすませて去り際に言ったひと言が聞こえた。

「味、変わったな」

 どきっとした。そうかな。私はそうは思わないけど。このあんかけ焼きそばだって三十年前と同じ味だ。

 すると、店主はどう出たか。「ありがとうございました」と頭を下げて見送るや、電光石火、厨房に駆けこんで、下げたばかりのおじさんの皿をひったくって指ですばやく味見したのである。

 私は唸りました。長く愛される料理屋の真価を見た気がした。台湾のひとの料理商売にたいする厳しさでもあるだろう。その店主は、いまも道玄坂の店を取り仕切っている。

 しじみの殻の汁をちゅっと啜ると、ああこれこれ。安くてうまい「麗郷」のありがたさがどっと押し寄せる。ここは渋谷の守護神かもしれない。

平松 洋子

最終更新:7/6(木) 11:00
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