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一国主義への揺り戻しか 英仏総選挙が示すもの 上

7/6(木) 7:01配信

Japan In-depth

【まとめ】

・英国総選挙、与党保守党惨敗、野党労働党は大躍進。EU離脱交渉に支障。

・与党の敗因は緊縮財政を公約にしたこと。

・英国民の関心は、雇用、財政、福祉に移っている。



6月8日、英国下院議員選挙=総選挙の投開票が行われた。小選挙区制なので、翌日の未明までには全議席が確定する。結果は、すでにマスコミでも報じられた通りで、メイ首相率いる与党・保守党は過半数を割り込む惨敗。

一方、最大野党の労働党は議席を大幅に増やし、コービン党首は堂々の「勝利宣言」を発した。しかしながら、現実には保守党が第一党の座を維持したものの、どの政党も過半数を取れない「ハング・パーラメント(宙ぶらりん議会)」となったのである。

当然ながら政局の混乱は避けられず、予定では6月19日から開始されるEU(欧州連合)からの離脱交渉にも影響が出るのは必至と見られている。

本来、英国下院議員の任期は5年で、過去には日本と同様、首相に解散権が付与されていたが、現在では議会の同意が必要だ。逆に言えば、メイ首相は2020年まで総選挙を行う必要はなかったのである。

にもかかわらず、今年4月に議会を解散し、総選挙に打って出たのは、前述のEUからの離脱交渉に向け、政権基盤をより強固にしたい、との思惑であった。

この時点で、労働党のコービン党首は、

「左翼なので、党内基盤(具体的には労組青年部などの支持)はともかく、大衆的人気はない」

と見なされており、現実に保守党と労働党との支持率の差は、25ポイント以上もあった。地滑り的な圧勝も見込まれていたのである。

もうひとつ、これも読者はご承知と思うが、メイ首相は昨年、EUからの離脱の是非を問う国民投票の結果、残留を主張したキャメロン首相が辞任に追い込まれ、急遽行われた保守党党首選挙で今の地位を得た。つまり、メイ内閣もメイ保守党も、未だ総選挙の洗礼は受けておらず、真に国民の信任を得たのかと問われれば、イエスとは答えられない。

ならば、どう考えても最大野党の労働党に支持が集まりそうもないこのタイミングで解散総選挙、という発想に至るのは当然だろう。将棋にたとえれば妙手ではなく必然手だ。

ところが、ここに大いなる誤算があった。死に体とまで言われていたコービン労働党が、

「我が国の労働者を苦しめているのは、移民の増加よりも、保守党政権による緊縮財政だ」

というキャンペーンを展開し、これが意外なほど広く支持を集めたのである。

たしかにメイ首相は、キャメロン内閣時代は内相として緊縮財政の旗振り役であった。

今時の総選挙に際しても、EUからの移民の制限を優先し、そのためなら単一市場からの撤退も辞さないというハード・ブレグジット(強行離脱)の路線と並んで、マニフェストの柱としたのが財政の健全化=緊縮財政であった。

結果論だが、これはいかにもまずかった。

緊縮財政によって格差が広がり、福祉がやせ細っている、というコービン労働党のキャンペーンに、わざわざ説得力を持たせてしまったのである。

悪いことは重なるもので、当初メイ首相は、緊縮財政の一環として、高齢者の在宅介護の費用負担を見直す、という政策を掲げていたのだが、英国メディアから「認知症税」などと酷評されて袋叩きに遭うや、早々に政策転換してしまった。

ハード・ブレグジットにせよ、もともと彼女は前述のようにキャメロン政権の内相で、立場上致し方なかったとは言え、EU残留キャンペーンに加わっていた。

それが、国民投票でEUからの離脱が決まると、たちまち離脱派に鞍替えして保守党の党首選を制した。多くの有権者の目には、

「自分で言うような、強い信念を持ったリーダーではない」

と映ったに違いない。

この点、労働党のコービン党首はと言えば、もともとEUとの協調を重視する中道右派ではなく、一貫してより左翼的な陣営に属し、英国の労働組合運動がEUの諸規制を受けることに反対していた。総選挙に際しても、

「英国の雇用が守られる形での離脱を目指す」

と言い続けていた。

とどのつまり、日本の一部メディアが報じたような「EUからの離脱の是非」など、最初から争点でもなんでもなかったのである。保守党・労働党ともに、EUの結束より英国の主権を優先すべし、という点では一致していたのだから。

かくして、保守党の優位がどんどん崩れてゆく中、マンチェスター、そしてロンドンでテロが相次いだ。

これがまたしても、労働党を利することになった。メイ首相が緊縮財政でもって警察官を2万人削減したことを槍玉に挙げ、

「安上がりな方法で市民の安全は守れない。労働党政権になったら、すぐに(警察官を)1万人以上増員する」

とのキャンペーンが張られたのである。

国民投票から1年を経て、EU離脱問題は早くも後景化の様相を見せ、有権者の関心は財政と福祉との兼ね合いや、直近のテロ対策に移ってきたーーこれこそ、今次の総選挙の背景で、メイ首相の最大の誤算とは、英国民が今でも反EUナショナリズムの熱気の中にいると思い込んだことにあった。

一方、メイ首相が公約通りのハード・ブレグジットを強行した場合、スコットランドは英国から独立してEUに留まる、と主張していたのがSNP(スコットランド国民党)だが、こちらも56議席から35議席とかなり減った。

もともとスコットランドは、大半の選挙区が労働党の地盤であったが、前回=2015年の総選挙では、スコットランド独立運動に対して冷淡であった労働党がナショナリストからきついお灸を据えられたが、今回は巻き返した、というのが実相である。

英国の有権者は、世界経済に致命的な打撃を与えるであろうEUの崩壊も、大英帝国の崩壊も、望んでなどいない。

昨年、あのポール・マッカートニーがEU離脱問題について問われ

「Let it be(あるがままに)」

と自身のヒット曲のタイトルに引っかけたコメントをし、

「国民は最終的には最善の選択をすると信じている」

と付け加えた。

本当に、そのようになって欲しいものだ。

(下に続く。全2回)

林信吾(作家・ジャーナリスト)

最終更新:7/6(木) 7:01
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