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たったひとつの論文から始まった風評と、検証なき「情報共有」の危うさ

7/6(木) 15:00配信

WIRED.jp

「CRISPR」はもう終わりだ──。ネズミの失明治療の過程で、CRISPRが意図しない遺伝子変異を多数引き起こしたという論文が発表され、ニュースにはこんな見出しが並んだ。しかし、医師たちによって出されたこの論文の意図は、CRISPRを批判するものでは決してなかった。

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2017年5月30日の朝。コロンビア大学、スタンフォード大学、アイオワ大学の医師らが、『Nature Method』誌の編集長に宛てた書簡を公開した。それは、ある奇妙なことについて説明した1ページの手紙だった。

約1年前、医師らは遺伝子編集技術CRISPRを、失明を引き起こす遺伝子異常をもったネズミに使い、コホート(同一の性質をもつ集団)のうち2匹を治療した。その後、医師らはCRISPRが治療の過程でネズミの体内でほかにどんな影響があったのか知るため、このネズミたちのゲノムの配列を解析することにした。

結果、CRISPRは実にさまざまな変化をもたらしていたことが判明した。独自のメソッドを使った研究の結果、研究者たちはそれぞれのネズミのゲノムに意図していない突然変異を2,000近く観測したのだ。これまでに報告された値の10倍以上である。これが真実であれば、CRISPRをベースにした治療は大きな窮地に立つ。CRISPRのせいでガンになるのであれば、誰も視力回復治療を受けたがらないだろう。

見出しを飾った「CRISPRの終焉」論

ニュースの見出しは、こんな調子だった。「CRISPRはわれわれが思っていたほど正確ではないかもしれない」「想定外の突然変異が発生し、CRISPRのメッキにヒビが入った」「小規模な研究が、遺伝子編集ツールCRISPRに致命的欠陥を発見」──。

その後、バイオテクノロジー関連株は急落した。最も深刻な打撃を受けたのは、CRISPR関連の三大テック企業だった。その日の取引終了時までに、エディタス・メディシン社の株価は12パーセント下落。CRISPRセラピューティクス社は5パーセント以上、そしてインテリア・セラピューティクス社の株価は14パーセントまで急落した。

10年前であれば、この書簡に関する会話のほとんどが実験室の廊下で行われていただろう。しかし今週、遺伝学者、微生物学者、そして分子生物工学者らがこの書簡について理解しようとTwitter上に集まった。この書簡には報道価値がないと非難する専門家がいる一方で、スレッドの大半が実験の欠陥に憤慨した。「サンプル数が少なすぎる」「コントロールが不十分だ」「CRISPRの使い方がおかしい」──と、挙げればきりがない。この実験の査読が行われたかを疑う人も多かった(ちなみに査読は行われている)。「#fakenews」というハッシュタグさえ登場した。

確かに、今回の結果はこのテーマに関する既存の文献とあまり一致していない。さらに、その書簡自体にも「これらの変異体の予測不可能な発生が懸念される」と書かれている。つまり、こうした突然変異がなぜ、どのように起こっているかを著者らがわかっていないということだ。

ほとんどの科学者は結果について懐疑的だったが、それよりも論文が大げさに騒ぎ立てられたことに対する失望の方が大きかった。

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最終更新:7/6(木) 15:00
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