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「これは金だ」 歌舞伎町で飲み屋にローラー営業、キリン社長が見た光景とは!?

7/6(木) 12:12配信

NIKKEI STYLE

■西東京支店で初めての管理職。汗だくで歌舞伎町を自転車でまわる

 キリンビールの布施孝之社長の「仕事人秘録」。第6回は東京・歌舞伎町で居酒屋や酒販店の営業に駆けずり回っていたころを振り返ります。
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 1994年3月、新宿にあった西東京支店営業1課に異動になります。34歳の春のことでした。キリンビールが戦線を急拡大していたころで、雨後の竹の子のように支店がいくつもできていました。十数人いる課の課長になりました。

 最初は居酒屋や酒販店の営業が担当でした。生ビールの品質を保つためサーバーの洗浄方法を教える指導員も課員として抱えていて「私も現場に一緒に連れていってください」と工場から配置転換された60歳前の課員に頭を下げ一緒に店をまわりました。

 テリトリーのなかで最大の激戦区は歌舞伎町です。混雑した繁華街ですから車は使えません。洗浄器具を積んだ自転車を、炎天下に汗だくになりながら走って追いかけました。「いいか布施、よく見てるんだぞ」。父親のような60歳前の課員がくらくらする暑さのなかで、サーバーの洗浄方法を教えてくれました。

■得意先と朝まで飲む日々も多かった。居酒屋やバーを一晩で7~8軒回る日もあった

 「本社で花形の仕事をしたい」。西東京支店に来てしばらくするとそんな気持ちはすっかりなくなっていました。代わりに芽生えてきたのは「キリンビールの業務用営業は弱い。自分が支えなければ」という思いでした。

 がむしゃらに働きました。訪ねた酒販店や飲食店は何百軒。ビールを飲みながら話し込み、何軒もはしごして朝になったこともありました。そこで学んだことは今も私の財産です。

 何軒もお店を見ていると、うまくいく店とそうでない店とが分かるようになります。経営者がお客さんのことを真剣に考えている店は必ず伸びます。利益だけを優先している店はその逆でした。

 ただ、どの店も経営者は必死でした。ある時、こんなことがありました。得意先の業務用の酒販店を訪ねると「ちょっと、こっちに来い」と言われ倉庫に連れて行かれました。

 ぎっしり並んだビールケースを指さして経営者はこう言いました。「これは金だ」。ビールがきちんと料飲店に売れ現金に換わらなければ、すぐさま経営は行き詰まる。東京の本社にいては到底、理解できない現場の緊張感を教えてくれたのでした。

 業務用の担当になって良かったと思うのは人々の生活の中でいかにビールが大切な役割を果たしているのか、目の当たりにすることができたことです。

 私たちが居酒屋を訪問する夕方はまだお客さんが入る前です。どの店も仕込み中で静か。そして暗い。しかし、いざ営業が始まると提灯(ちょうちん)に灯がともるようにパッと明るくなる。お客さんもビールを飲み、その日あったつらいことを吹き飛ばす。そんな光景を見ていると「ああ、ビール会社の使命はこれなんだ」と思えるのでした。
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[日経産業新聞2016年8月1日付]

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最終更新:7/6(木) 12:15
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