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今の日本だと「同一労働同一賃金」はスベる

7/7(金) 6:00配信

東洋経済オンライン

 2019年度から「同一労働同一賃金」制度が導入される。が、はたして日本は本当にこれを受け入れられるのだろうか。

 現在、日本はよりスピーディかつグローバル、そして革新的な世界の競合との激しい競争に直面している。そして、多くの分野で後塵を拝しつつある。その典型例の1つが人工知能(AI)の開発だろう。理由の1つは、こうした開発に取り組むのは他国では最新技術に精通した新卒なのに対して、日本では中年層の管理職が中心となっていることが挙げられる。

 日本の年功序列制度の下では、若年層の能力は長い「下積み生活」で朽ち果ててしまう。それよりは、実力主義に基づいたより柔軟な労働体制へ移行することで、適材適所に人材を配置することによって、それぞれの従業員がのびのび活躍できるようになるのではないか。

■70年前の日本は実力主義社会だった

 そもそも、70年前の日本は実力主義社会で、生産性が高い労働者の稼ぎは良かった一方で、怠惰で教育を受けていない労働者の稼ぎは少なかった。起業家精神も盛んだった。この時代の日本では、不平等を普通のこととして受け入れていたのである。

 今のような社会になったのは、第2次世界大戦後、民主主義が導入されてからだ。貴族制度や財閥は廃止され、人々は平等に扱われるべきだという考えが広がった。また、国を再建する必要があった日本では製造業が盛んになり、多くの製造業者は指示には従うが、創造的にモノを考えない労働者の一群をラインで働かせるようになった。

 義務教育も誕生した。多くの場合、教師は生徒に「正しい」答えを暗記するように教え、間違った答えを出したり、人と違う行動をする生徒は罰せられることもあった。公立校では、服装に至るまで全員が同じやり方、考え方をするように教育された。物静かで従順な卒業生を生み出した戦後の教育制度は、今でもそれほど変わっていない。

 今では、大企業の多くが、学生たちが大学で何を学んだかについてあまり関心を抱いていない。それは、企業自らが彼らを指導するつもりだからだ。取得科目や取得したスキル、評価や成績は、仕事をする能力と相関関係があるとはあまり見なされていないのである。典型的な人事担当者が気にするのは応募者の出身校だ。「偏差値が高い大学」の出身者は、記憶力に優れた、物覚えのいい学生と認識される。社交性の高さを反映する課外活動もまた重視される。

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