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トランプをうならせた文在寅の話術 - 金香清 朝鮮半島3.0

7/7(金) 17:45配信

ニューズウィーク日本版

<南北が対話を進めるには米国の同意が不可欠、というの文在寅政権のスタンスが、米朝首脳会談の過程ではっきりした。そして文在寅はそれを意図的に米国側に示した>

文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足しておよそ2カ月。世論の支持率は相変わらず高く、一時70%台まで落ちたものの、再び80%台まで回復している。

国民から文在寅大統領が好印象を持たれている理由に、演説がうまいという点が挙げられている。内容だけでなく、原稿をほとんど見ずにまっすぐ聴衆一人ひとりの目を見て言葉を発するスタイルも話題になっている。

6月28日(現地時間)、文在寅が初の米韓首脳会談のために訪米した時のことだ。一筋縄ではいかないトランプ大統領相手に、お得意の演説も通じないだろうというのが下馬評だった。ところが、思わぬ場所で米国民に強い印象を残すことに成功している。

米国国立海兵隊博物館で行った演説

文在寅は訪米すると、すぐに米国国立海兵隊博物館を訪れた。「米国史上、真珠湾攻撃に次ぐ最悪の敗戦」と称される、朝鮮戦争時の「長津湖(チャンジンホ)の戦い」の犠牲者の碑がある場所だ。文在寅は夫人と共に花輪を携えて、碑の前に立つと、献花を行った。

「長津湖の戦い」の犠牲者の碑 (c)韓国・青瓦台

長津湖の戦いとは、現在の北朝鮮の北方エリアの咸鏡南道長津郡で、国連軍が中国軍に囲まれ殲滅の危機に瀕した戦いであり、米海兵隊1万5000人のうち4500人が死亡、7500人が負傷した。

中朝国境のギリギリまで追い上げて来た国連軍だったが、この敗戦を機に海路を通じて一時撤退を余儀なくされた。その際、国連軍は共産軍の戦火から逃れた1万5000人の避難民を船に乗せている。

着の身着のままの避難民で溢れかえった船上にいたのが、文在寅の両親だった。船は釜山沖の巨済島に着岸し、その地で文在寅が生まれたのだ。

文在寅は献花の後の演説で、母親から聞いたというエピソードを披露した。

船上でクリスマスを迎えた際、米兵が避難民らにキャンディを一つずつ配ったという。文の母親は「たった一つのキャンディだったけれど、戦火に追われた多くの避難民に、クリスマスプレゼントを配ってくれた暖かい心づかいがとてもありがたかった」と、幼い文在寅に話したという。

献花式には長津湖の戦いで実際に戦った元兵士や、その遺族が参列していた。67年前のその出来事に、参列者たちは涙を浮かべ、文は彼らを見つめた。このエピソードは米国に向かう飛行機の中で、文在寅が自ら書き足したのだと韓国で報じられている。

文在寅はこう強調した。「長津湖の勇士たちがいなければ(中略)私も存在しませんでした」「米韓同盟はそのような戦争の砲火のなか、血で結ばれました。数枚の紙の上のサインで結ばれたものではありません」と。



この演説はトランプ大統領も大いに興味を示したようだ。翌日、ホワイトハウスで行われた晩餐会で、「大統領の演説を読んだのですが、とても素晴らしく感動的でした」「演説に対する称賛の言葉をあちらこちらで耳にします」と言及した。

米韓首脳会談の映像などを見る限り、両首脳は終始、上機嫌だった。トランプ大統領と言えば、首脳会談の際の「握手」が有名だ。出会い頭に強く手を結んで大きく振るのだ。これまでの首脳は驚きを隠せなかったが、それを知っていた文在寅は備えていたようで負けずにがっしり握り返した。

演説にせよ握手にせよ、文在寅は会談の雰囲気を盛り上げるために事前に抜かりのない対策を練っていたように見えた。

効率よく話し合いを進める実利を選んだ

また、訪問の形式も文在寅政権の特徴が表れている。米国政府の外国首脳の受け入れは、1. 国賓訪問、2. 公式訪問、3. 公式実務訪問、4. 実務訪問に分かれる。そのうち文在寅政権は3番目の公式実務訪問を選んでいる。国賓訪問より格は落ちるが、国賓扱いであれば、米国側が用意するホワイトハウスの歓迎式や議会での演説など公式日程が増える。まもなくG20などの日程を控えた文在寅政権は、待遇の良さよりも、短い期間で北朝鮮の核やTHADDの配備、そして経済協力問題などを効率よく話し合いを進める実利を選んだとされている。

会談の結果、米韓の外務・国防閣僚協議会(2プラス2)の定例化が決まり、また米国側が「人道的問題など特定の課題で南北対話を望んでいることに対して支持を表明」するとした。これは文在寅政権の掲げる北朝鮮融和政策への支持だと解釈できる。韓国側にとって、大きな成果と見ていいだろう。

先の保守政権と違い、文在寅は北朝鮮に対して強硬一辺倒でない融和政策を主張してきた。しかし、南北が対話を進めるには米国の同意が不可欠、というのが文在寅政権のスタンスであることが、米朝首脳会談の過程ではっきりした。むしろ文在寅はそれを意図的に米国側に示した。

文在寅のジレンマ

7月4日の朝、北朝鮮から弾道ミサイルが発射され、菅義偉官房長官は記者会見で飛行時間は過去最長の約40分間で約900㎞飛び、日本のEEZ内に落下したと発表した。

これに対し、米韓両軍は翌日、韓国東岸で弾道ミサイルの同時射撃演習を行った。弾道ミサイルを使った対抗演習の実施は初めてのことだが、この演習は文在寅政権の提案だったと報道されている。

北朝鮮は文在寅政権発足後、韓国側の平昌五輪の合同開催に難色を示すなど、韓国側の歩み寄りに慎重な姿勢を見せて来た。米朝首脳会談での韓国側のスタンス、そして今回の合同演習を受け、北朝鮮はますます韓国への態度を硬化させるだろう。

8月にはさらに米韓軍事演習が予定されている。いまのところ、北朝鮮を「配慮」した規模の縮小などの予定はなく、緊張状態はしばらく続くだろう。米国と北朝鮮の間に生じるこのジレンマから抜け出すために、文在寅政権は今後、どのような道筋を描くのだろうか。

金香清

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