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ハリウッドの映画人たちが政治的発言をするワケ

7/8(土) 12:20配信

Wedge

 今年のゴールデングローブ賞授賞式でのメリル・ストリープのスピーチは、トランプを暗に批判したとして日本でもニュースで話題となった。彼女に限らず、ハリウッドをはじめとする映画人はよく政治的発言をしているイメージがある。一方、日本はどうだろうか? タレントや俳優といった注目を集める立場にいる人間が少しでも政治的発言をしようものなら、どんな内容であってもそれが彼らにとってプラスのイメージとなるとは考えづらい。

 そこで『なぜメリル・ストリープはトランプに噛みつき、オリバー・ストーンは期待するのか~ハリウッドからアメリカが見える』(幻冬舎新書)を上梓した朝日新聞「GLOBE」記者の藤えりか氏に、なぜ映画人たちは政治的発言をするのか、転換期を迎えているハリウッド映画、そして中国マネーの影響などについて話を聞いた。

――本書のタイトルはかなり長めですが、意図があるのでしょうか?

藤:たとえば日本では、ハリウッドをはじめとする映画の俳優や監督、プロデューサーの記者会見は、映画の内容やPRに関する質問が目立ち、政治や社会情勢などについての質問はほとんど耳にしません。特にエンタメ色の強い映画では顕著です。

 でも、私が朝日新聞のロサンゼルス支局長時代に現地の記者会見やインタビュー、また新聞やテレビなどの報道で目にしたのは、俳優や監督、プロデューサーが映画そのものだけでなく政治や社会情勢についても積極的に発言する姿でした。私は映画専門の記者ではないだけに、国際報道の記者として現地の記者に刺激を受けながら、映画界を取材する際は映画の内容や論評にとどまらない、政治や経済、世相にからめた取材となるよう努めました。日本に戻ってからもそうしたインタビューを続け、政治について語りたい映画人のいわばメッセンジャーとしての役割を担えれば、とGLOBEで「シネマニア・リポート」という連載記事を始めました。インタビューなど当事者の声を基本とするその連載をベースとした本書の意図がきちんと伝わればという思いから、タイトルがつけられました。担当編集者さんいわく、幻冬舎新書史上最長のタイトルだそうです。

――連載期間がちょうど欧米諸国の政治的な激変期と重なっています。

藤:連載を開始したのが、昨年の6月で、ちょうどイギリスのEU離脱が決定した月でした。しかも連載1回目が、21世紀のベルリンにヒトラーが蘇るというベストセラーをもとにしたドイツ映画『帰ってきたヒトラー』。この映画では、ヒトラーを演じるオリヴァー・マスッチが、一般人と接する場面をほぼ台本なしで、ゲリラ的に撮影しています。そうした場面から、戦後ヨーロッパの優等生となったはずのドイツの一般の人たちのなかにも、ヨーロッパで問題となっている排外主義やポピュリズムが蔓延していることがうかがえます。インタビューしたマスッチは、「撮影されていることがわかっていても、外国人排斥や人種差別を口にする人がいた」と、驚きとともに危機感を口にしていました。

 ご存知のようにその後、アメリカではトランプが大統領選で勝利。インタビューではよく、大統領選前後のトランプ旋風や、ヨーロッパで広がる排外主義やポピュリズムなどの話題になりました。結果的に、この連載期間がちょうど「beforeトランプ」「afterトランプ」となり、その間の映画人の肉声を一冊にまとめることができました。

――そう考えると、本書の冒頭にも書かれていますが、まさに映画界にとっても、欧米社会にとっても転換期になったわけですね。

藤:冒頭に書いた「転換期」とは政治面と経済面の両面において、特にハリウッドが転換期にあるということです。

 政治面では、多くのハリウッド映画人にとって、大統領選でのトランプ勝利はものすごくショックな出来事でした。オリバー・ストーン監督のようにヒラリー・クリントンをまったく支持しなかったり、クリント・イーストウッドのように元々共和党を支持していたりする人たちもそれなりにいますが、アメリカの映画業界全体ではクリントン支持が目立っていました。

 オリバー・ストーン監督も指摘していますが、映画人個々の思想は別として、ハリウッドは総じて、民主党政権下も共和党政権の時でも、常に「政権寄り」なんです。 

 遡れば、ブッシュ政権が始めたイラク戦争にリアルタイムで反対だと発言した映画人は実はそこまでいませんでした。実際に、イラク開戦の数日後に開かれたアカデミー賞授賞式で、マイケル・ムーア監督が「恥を知れ。ミスター・ブッシュ」と発言しましたが、会場は拍手も上がった一方で、多くのブーイングにも包まれたそうです。

 その後、オバマが大統領選への立候補を表明すると、マット・デイモンやジョージ・クルーニーらが資金集めにも協力して支援しました。オバマ政権下のアカデミー賞授賞式では、ミシェル・オバマ大統領夫人(当時)が作品賞のプレゼンターを務め、副大統領ジョー・バイデン(当時)が招かれたこともありました。

 さらに遡れば、ハリウッドは、マッカーシーの赤狩りを真っ向から否定する態度を取らなかったために、チャップリンはアメリカを事実上追放されましたし、多くの映画人たちが職を失う事態となりました。

 つまり、ハリウッドの映画人たちが政治的な発言をするといっても、全体としては「現政権」にはあまり批判的にならないのが常でした。これだけ巨大な産業ですから、ある程度、政権と距離を近しくしておくのは不可欠な部分もあるのでしょう。たとえば、今や北米に次ぐ世界第2の映画市場となった中国では外国映画の上映枠が決まっているうえ、検閲制度もあります。アメリカ映画の枠を増やしたいと業界は要望してきましたが、2012年の米中映画協議でそれが見事に実現します。その際、当時すでに中国国家主席就任が目されていた習近平・国家副主席と、アメリカのバイデン副大統領が会談しましたが、そのバイデンがその後、授賞式に招かれているわけです。

 しかし、今回のトランプ大統領誕生で、これまでのこうした関係性が大きく崩れました。ハリウッドとしては、政権寄りどころか、いわば「反政権」的な立場に立たされた格好です。

――経済面での転換期とはどういうことでしょうか?

藤:経済面の転換期は、すでに迎えています。ハリウッド映画はかつて、大手スタジオが大規模な予算で、チャレンジングな作品にスター俳優を配し製作していました。しかし、ケーブルテレビやネットフリックスなどの台頭もあって、映画館に足を運ぶ人の数が先進国を中心に頭打ちになり、北米などでは3Dなど付加価値をつけた割高なチケットを売ることで興行収入をある程度増やしつつ、全体としては伸びる新興国の売り上げに頼っている状況です。

 そうしたなかで、昔のようにチャレンジングな作品をつくることができなくなり、リメイクや続編など最大公約数に受けるような「安全」な作品づくりが多くなってしまっています。

――政治面でも経済面でも転換前を代表する作品でおすすめはありますか?

藤:ハリウッドの映画関係者に取材をして、あの時代の映画作りは良かったとよくあがる時代が1970年代です。特に76年に公開された『大統領の陰謀』を挙げる人は多いですね。この映画は、当時大人気だった2大俳優のロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンを配し、ワーナー・ブラザーズが配給しました。ウォーターゲート事件の4年後にまさにその事件を描いた作品を世に出すというチャレンジングなプロジェクトに、2大人気俳優を起用しているわけです。いまだとインディペンデント映画になっている可能性が高いですね。

 この映画はアカデミー作品賞にノミネートされたのですが、受賞には至りませんでした。この時の作品賞受賞作はシルベスター・スタローン主演の『ロッキー』です。当時、無名の俳優だったスタローンは「モハメド・アリ対チャック・ウェプナー」の試合を見てアイデアを思いつき、3日間で脚本を書き上げたと言われています。そうしてスタジオに売り込み、製作されることにはなったのですが、当初、主演はロバート・レッドフォードやアルパチーノのようなスター俳優でいきたいと言われた、と伝えられています。結局、ギャラにはこだわらないからどうしても主演させてくれというスタローンの熱意が勝ったそうです。スタジオはある意味、無名俳優のスタローンに博打を打ったわけです。

 いまだと、リスクを取りたがらないハリウッドで、こういったことはなかなか起きないでしょうね。

――それでは転換後のおすすめ映画はありますか?

藤:ネットフリックスの『ウォー・マシーン:戦争は話術だ!』や『オクジャ/okja』ですね。先日、この2作品の記者会見に行きましたが、『ウォー・マシーン:戦争は話術だ!』主演・製作のブラット・ピットとデヴィッド・ミショッド監督は、ネットフリックスでないとこの作品は製作出来なかった、あるいは低予算の映画になっていた、と明言していました。ちなみに、この映画の製作費は約6000万ドルと言われています。

 オバマ政権下のアフガニスタン駐留米軍トップだったスタンリー・マクリスタルが、当時のオバマ大統領やバイデン副大統領を批判した記事がローリングストーン誌に掲載され、後にマクリスタルは更迭されます。この一連の出来事について、同誌に書いたジャーナリストのマイケル・ヘイスティングスが本にまとめました。この映画はそれをもとにしています。ブラット・ピットは、マクリスタルを演じています。

 ちなみに、このマイケル・ヘイスティングスというジャーナリストは、CIA(米中央情報局)やNSA(米国家安全保障局)による個人情報の大量監視の問題についての批判的な記事も書いています。彼は、13年にロサンゼルスで交通事故で亡くなりました。彼の死については、さまざまな憶測が流れています。真偽の程は定かではないですが。

 彼の死の真相を抜きにしても、こうした映画に大規模な予算を投じて製作するスタジオは現在はなかなかないかもしれません。そういった意味では転換後の映画であると言えます。

――ところで、本のタイトルにもなっていますが、ゴールデングローブ賞授賞式の会場でメリル・ストリープは、名指しこそしなかったもののトランプを批判しました。他にもマット・デイモンなどは政治について積極的に発言しています。日本の俳優が政治的な発言をするとバッシングを受けかねません。ハリウッドの映画人たちがこうした発言をするのはなぜでしょうか?

藤:ヨーロッパやアメリカでは、映画人たちが「自分たちは言論人で、メディアの一角だ」という気概があるからだと思います。先日も、マーヴェル・コミックスの人気作品『Xメン』シリーズのウルヴァリンというキャラクターのスピンオフ映画『LOGAN/ローガン』について、「これはかなり社会性のある作品。これまでともかなり違う」と配給会社の方から聞いたのをきっかけに、来日記者会見に行きました。それまでは実は、アメコミのヒーローものだというぐらいの認識しかなかったのですが、映画を見ると、アメリカの国境付近でヒスパニックの子どもたちを助けるシーンがあったり、メキシコとの国境の壁がモチーフになっていました。ジェームズ・マンゴールド監督に記者会見で質問すると、アメリカ大統領選のさなかに撮影したため、「USA! USA!」と叫ぶ少年たちの様子を撮影当日につけ加えた、と説明したうえで、「私はいつも、周りで起きているすべてを作品に折り込む」「今日性や社会性は常に帯びるべきではないか」と答えてくれました。

――こうした政治的な発言を引き出そうとして、取材中に質問を止められることはないんですか?

藤:特にハリウッド映画人の場合、インタビュー時に広報担当者が同席することが多いですが、時に彼らに眉をひそめられることはあっても、実際に質問をさえぎられたことはありません。ヨーロッパに至っては、著名な俳優でも本国の広報担当者が同席することはないですね。いずれにせよ、仮にさえぎる人がいたとしても、本人はお構いなしというのが実際です。みなさん、ご自身の発言には誇りと責任をもっておられます。マット・デイモンは、13年と昨年の計2回インタビューをしましたが、13年の際には本人が進んで、かねて支持するオバマへの2期目の苦言を語り、大統領選を控えた昨年はトランプ批判を語りました。

 こちらとしては、PRの邪魔をしているつもりはまったくないんです。スタジオや配給会社にも、そういうアプローチのほうが観客層を広げることになってよいと考える人もいます。結局、映画のことだけを聞いて書いても、映画ファンにこそ響きますが、社会に結びつけ、作品に込められた政治的な話をしたほうが、これまで映画館に来なかった人たちにも響くかもしれない、ということがあります。

 先ほどのウルヴァリンにしても、そういう記事を読むことで、アメコミだから関心がないと思っていた人も劇場に足を運んでくれる可能性がある。映画宣伝のために、政治的な発言をしているわけではないけれど、結果としてそういった効果もありますね。

――トランプ大統領就任後、映画人の発言で変わったと感じることはありますか?

藤:こちらから聞かなくても、俳優や監督、プロデューサーさんたちのほうからトランプ大統領について話すことが多くなりましたね。これまでも彼らが自ら政治的な問題について話す傾向はありましたが、さらに強まった感があります。

 ただ最近は、そうした発言をすればするほど、反感を買ってしまう状況が一方で生まれています。

 この4月、ナチス政権下の普通の人々の静かなる抵抗を描いた、7月公開の『ヒトラーへの285枚の葉書』の監督、フランス在住のヴァンサン・ペレーズにインタビューしました。フランス大統領選の直前だったので、選挙をめぐる状況に話が及びました。彼が言うには、国民戦線のマリーヌ・ルペンを支持するフランスの映画人は見たことがないが、みんなあえて語らないようにしている、と。アメリカで著名人が反トランプを言い過ぎたことによる「教訓」からだそうです。

 社会階層が固定化して格差が広がるなか、多くの失業者もいる一方で、著名な映画人は彼らの月収を瞬時に稼いでしまう。そうした著名人が、いくら反トランプを訴えたところで、反感を買ってしまうだけだという状況が起きています。

 だから、フランスの映画人たちは、静かにしていると。あまりに熱くなりすぎて、ハリウッドの二の舞いにはなりたくない。でも、あまりに冷めていても……と。その間合いが難しいと語っていました。そういった意味でも転換期にあるのかもしれません。

――中国経済が急成長し、ハリウッド映画への中国マネーの影響が指摘されてきましたが、現状はどうなのでしょうか?

藤:中国マネーが映画市場を席巻し始めた頃は、プロットを中国に配慮して変更したり、中国製品が登場する場面を挿入したり、はては中国人俳優の出演場面を中国向けに追加したり、なんてことがよくありました。そのほうが中国で上映されやすいという考え方は確かに未だにあります。ただ、そうしたあからさまな中国への配慮を、中国の良識派も嫌がるにようにはなってきています。

 南北戦争のさなか、貧しい白人と黒人がともに南軍に反旗を翻した戦いを描いた『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』の製作総指揮者をインタビューした時に、中国マネーの増加が実は、アメリカで減りつつある「大人の映画」を支えてもいるのだと知りました。この映画の米国での配給は、STXエンターテイメントという新興のアメリカの映画会社が担いました。この会社にはアメリカや中国の投資ファンドが出資しています。16年には中国のIT大手テンセントや香港の通信大手PCCWからも出資を受けています。

 また、製作には「中国のワーナー・ブラザーズ」と言われる華誼兄弟伝媒という中国の大手映画会社が加わりました。

 STXが設立されたのは、一定のヒットが確実視される続編・リメイクに資金が注がれ、「大人の映画」がなかなか製作されない今のハリウッドをなんとかしたいためだといいます。

 昨今、中国のハリウッドへの投資には、ハリウッドの映画作りのノウハウを学ぼうという意図もあります。

 確かに、アメリカの映画館大手チェーンや映画製作会社を買収した万達グループは、一般的には中国政府寄りと見られてはいます。しかし、中国マネーと一口に言っても、いわば「安全圏」に入り込みがちなハリウッドの幅を広げている場合も出てきていますから、一概に問題があるとは言えません。実はかえってよくなっている面もあるというのは、大きな発見でしたね。

――出版後の反響はどうですか?

藤:日本の映画人にも、ハリウッドをはじめとする世界の映画人のようにどんどん発言して欲しい、という声はよく聞こえてきます。一連のインタビューで感じるのは、私が社会にからめて質問すると、喜んで答えてくれる場合が多いなということです。つまり、発言は無理やり聞き出しているのではなく、彼らの自発によるところが大きい。日本と大きく違う、そうした面もわかってもらえればと思いますね。社会的・政治的に発言するというのは、彼らにとっては標準装備なんです。

 この本は、映画を見ていなくても、あるいは関心がなくても世界情勢がわかるように、そして世界情勢がわからなくても、映画を通して見ればもっと身近に感じるように書きました。世界を知るひとつの手段として、ぜひ手にとってもらえればと思います。

本多カツヒロ (ライター)

最終更新:7/8(土) 12:20
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