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【著者に訊け】高橋順子氏 異色作家を描く『夫・車谷長吉』

7/9(日) 16:00配信

NEWS ポストセブン

【著者に訊け】高橋順子氏/『夫・車谷長吉』/文藝春秋/1600円+税

 無粋ながら、東京千駄木の、作家の夫と詩人の妻が慎ましく暮らす家に、読んでいるこちらまでが上がり込んでいる気分になった。

 夫は『赤目四十八瀧心中未遂』(1998年)等で知られる直木賞作家・車谷長吉氏。妻は詩人・エッセイストとして活躍する高橋順子氏。2015年5月、誤嚥性窒息死で急逝した夫の三回忌に合わせ高橋氏が書き下ろしたのが『夫・車谷長吉』である。

 後年は強迫神経症や脳梗塞を患い、ふさぎこむことも多かった長吉は、かつて恋文ともとれる〈絵手紙〉を唐突に送りつけ、11通目から4年後に2人は結ばれた。長吉48歳、順子49歳の時だった。そんな出会いのいきさつや、取材や講演に夫婦で連れ立った旅のこと。真っ先に作品を見せ合ったという表現者同士の絆を、著者は22年分、自身の日記を元に克明に記してゆく。

 折々に詠んだ詩句を交え、事実だけを坦々と追う抑えた筆致からは、創作や病に苦しみ、そのくせお茶目でもあった故人の横顔がかえって偲ばれ、かくも端正な詩人の言葉に見送られて、この作家はつくづく幸せだ。

「先日もね、長吉はちょうど今の時期に咲くドクダミの白い花が好きだったから、忌日を十薬忌にしてはどうかという人がいたんです。十薬は歳時記にもあるドクダミの別名で、確かに彼は毒にも薬にもなった人かもしれないなあって(笑い)」

〈車谷嘉彦と署名のある絵手紙をもらったのが、最初だった。一九八八年九月十二日、東京本郷の消印〉

 青土社時代の元同僚から手渡されたその絵手紙には、〈青い空っぽのガラス壜〉が描かれ、〈ただならぬ気配のたちこめる肉太の字で、余白がびっしり埋められていた〉。文面には〈高橋順子詩集、三冊を借りて読んだ。孤独な生い立ちの木〉などとあったが、高橋氏はその後届いた手紙にもほとんど返事をしていない。

「当時は面識もありませんし、独り言みたいな手紙も多いから返事の書きようがなくて。絵の方も後に長吉の本の表紙になるほど味のあるものだったのに、私も目のない女です(苦笑)」

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