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文系人間がAIセミナーに行ったら不安しかなかった --- 梶井 彩子

7/9(日) 16:46配信

アゴラ

未来は本当に明るいか

先日、日経BPが主催する「IT Japan 2017」の2日目に参加してきました。

今年のテーマは「デジタルイノベーションで創る競争戦略」(http://itpro.nikkeibp.co.jp/event/itj17/info/)。社へのAI導入は当然、それをどう使って他社に競り勝つか、どのように「新しい価値」を生み出すかについて各登壇者が熱のこもったプレゼンテーションを行っていました。

何よりも感じたのは登壇者の方々のポジティブオーラです。

こちらの記事(http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/17/070300272/070700020/)でも紹介されていますが「AIではできないと思われていた熟練工の生産計画を学習したAIは、熟練工の役割を完璧にカバーしただけでなく、ヒトがきづかなかった効率的な方法すらも編み出した(すごいでしょ)」、と日立製作所のエヴァンジェリストがおっしゃっておりました。

「人間、もういらねーな……」

私のようなものはそう思ってしまうわけです。人間は、消費者としての存在のみ求められ、そのファジーな行動、人それぞれの趣味嗜好、健康のデータを吸い上げられるだけの存在になってしまうかのようです。

いや、もちろん登壇者の皆さんは「これによって人間の生活はよくなる」という社会貢献の意識を強くお持ちだと思います。そういう未来が一方にはありそうだとは思う。しかしもう一方で、時に病気になったり気分にムラがあったり、社の待遇に文句を言ったりする、パフォーマンスの安定しない人間は、企業にとって足手まといとなる未来が来るのでは、と思わずにはいられません。

世界に名だたる最先端の企業にお勤めの登壇者が語る未来が明るければ明るいほど、なぜか暗い気持ちになる。光が強くなれば影も濃くなるという自然の摂理を思わせる会でした。

払拭されない不安

では人間はどうするのか。「AIの導入によってルーティンワークから解放された分、創造的な仕事、発想力を養うことに専念できる」というわけですが、果たして一人の人間がルーティンワークを経ることなく生み出せる創造的な仕事とはいったいどれほどのものなのでしょうか。

AI時代には、世界中の「アイディア」がネットワーク上のどこかに記録されているでしょうから、「これは俺が自分でひねり出したアイディアだぜ!」と思っても、たいていの発想は検索すれば「いつかどこかで誰かがすでに思いついていた」ことにすぐに行き当たるのではないかと思われます。

AIが将棋で棋士に勝ったからといってすごいとは思わないし、やっぱり「14歳の天才少年が29連勝」という方が世間を沸かせることができる。感動を呼び起こせるのは圧倒的にAIよりも人間だと思います。が、こと仕事となるとどうなのか。天才的な方はいいのですが、凡人(特にホワイトカラー)の活躍の余地が残されているのだろうか。

他にも「影」はあります。UberやAirbnbがいかに「創造的破壊」を行ったかという話に対し、素直に「すごいな。既成の概念を破壊して、それを技術によって具現化したんだ」と思える人間と、「Uberで呼んだ車の運転手が不良ドライバーだったら嫌だな」と思ってしまう人間がいる。

また、「2025年には90%の端末がネットに常時接続状態となり、1兆のセンサーが皆さんの生活を見守ります」と言われた際、「新しい時代が来るぞ」と胸躍らせる人間がいる一方で、「つながりたくない自由は考慮されないのかよ最悪だな」と思う人間もいる。

Google lensの話題も出ましたが、店の看板にスマホをかざせばその店のメニューやネット上の口コミまで表示されるサービスを便利だと思う人間がいれば、「そのうち、ヒトにかざしたら履歴書やツイッターアカウントまでが見えるようになるで」と恐れおののく人間もいる。もう転校生の自己紹介なんていらなくなってしまいます(スマホをかざせばいいので)。

私はいずれも後者に当たります。しかし、この手の人間の不安を解消してくれるような説明は当然というべきか、ないわけです。

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最終更新:7/9(日) 16:46
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