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アルジャジーラがアラブ諸国の指導者から嫌われる理由

7/9(日) 9:10配信

HARBOR BUSINESS Online

 カタールと断交したサウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプト、バーレーンがカタールに要求した13項目の中に衛生放送局アルジャジーラの閉鎖が盛り込まれていた。

 サウジアラビアは世界報道自由度ランキング180か国の中で168位、アラブ首長国連邦119位、エジプト161位、バーレーン164位とそれぞれあまり高くない位置にランキングされている。この4か国にも視聴者を持つアルジャジーラが1996年に報道の自由を謳ってカタールに登場したのである。

 報道の自由の少ないアラブ諸国でアルジャジーラが産声を上げた時から問題を引き起こす放送局になるというのは自明のことであった。

 アルジャジーラがカタールで登場した1996年に、サウジアラビアでアルジャジーラと同様の主旨をもってBBC Arabicが誕生した。しかし、報道に自由度の欠けるサウジアラビアでは誕生から2年後にサウジ政府の圧力もあって閉鎖を余儀なくさせられた。

 そこで、アルジャジーラはBBC Arabicで活躍していたタレントのあるジャーナリストを早速雇用したのである。その為の資金はカタール政府から出た。この時点からアルジャジーラは飛躍して行くのである。

◆アルジャジーラ飛躍の3つのきっかけ

 アルジャジーラが世界レベルで注目を集めるようになった出来事には3つある。ひとつは、2001年9月11日に起きたニューヨーク同時多発テロの後、アフガニスタンでアルカーイダのビン・ラデンと会見し、彼らがビデオや情報を唯一提供した相手がアルジャジーラであった。そして、アルジャジーラはそれを常に報道した。この報道の挙に出たことからアルジャジーラはテロリズムを支援していると批難された。

 2つ目には2003年の米国と英国主導によるイラクへの武力介入で、イラク側にも主眼を置く報道も心掛けた。

 3つ目は2010年からアラブ圏に起きた大規模な反政府デモ「アラブの春」であった。特に、エジプトで圧政に不満が溜まっていた若者の声をアルジャジーラは伝えた。それがムバラク政権の崩壊を導いたのであった。それを当初から詳細に報道し続けたのがアルジャジーラであった。

 この崩壊を正当化させるかのように、アルジャジーラのディレクターだったワダ・カンファーは<「当時のエジプトの若者が理想とすることの伝道者としてアルジャジーラは独立した声となったのである」>と述べている。(参照:「La Conexion USA」)

 アラブの春によってエジプト革命を導いたその出来事をアルジャジーラは熱心に報道した。そのお陰で、<視聴率は2500倍に伸びた>という。その一方で、アラブ諸国の王政指導者から見ればアルジャジーラはムスリム同胞団など革命組織に加担していると映り敬遠されるのである。(参照:「Publico」)

 それに輪を掛けるかのように、アルジャジーラの英語放送でスター的な存在のジャーナリストメディ・ハサン(Mehdi Hasan)は<「アラブ首長国連邦とサウジアラビアがイランを批難攻撃することを止めれば、イランは恐らく核武装に走ることはないであろう」>といった発言をしてアラブ諸国の指導者はアルジャジーラの存在を容認しなくなるのである。(参照:「Medium」)

◆サウジやイスラエルが嫌った「イラン擁護」姿勢

 特に、アルジャジーラのアラブ語放送になると、<イランを擁護する姿勢が顕著になり>、サウジアラビアやアラブ首長国連邦はそれを無視できなくなるのである。しかも、アルジャジーラはカタール政府の見解に従うかのように、<ムスリム同胞団やハマスが選挙か革命で権力を握るようになる>という姿勢が同放送のアラブ語の報道に伺えるというのである。(参照:「Medium」、「El Diario」)

 この姿勢を恐れているのはアラブ諸国だけではなく、イスラエルも同様で、ネタニャフ首相はイスラエルでのアルジャジーラのオフィスの閉鎖を検討しているという。しかし、そこに<34人のアラブ系イスラエル人が勤務している>関係から閉鎖を表立てて表明しないようにしているという。一方、<ドイツのナチスに似ているような組織だ>と断言しているのは国防大臣のアヴィグドール・リーベルマンである。(参照:「Iton Gadol」)

 アルジャジーラは中東においてジャーナリズムに調査研究ということを取り入れた初めての放送局である。しかも、問題のある分野の関係者へのインタビューや、タブーとされていることにも取り組んでいる。欧米では報道メディアで常識とされていることが、アラブ諸国では社会の秩序に背くものだとして報道が敬遠されていた。アルジャジーラはそれらの箍を取り除いて報道の自由を全面に訴えたのである。

<文/白石和幸>

しらいしかずゆき●スペイン在住の貿易コンサルタント。1973年にスペイン・バレンシアに留学以来、長くスペインで会社経営する生活。バレンシアには領事館がないため、緊急時などはバルセロナの日本総領事館の代理業務もこなす。

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