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記憶にこびりついて消えない演技ばかりの野際陽子(TVふうーん録)

7/9(日) 8:00配信

デイリー新潮

 テレビドラマを大量に観続ける生活をしている。作り手や演者には大変申し訳ないのだが、時短のために2倍速で流し見することもある。通常の速度でも聞き取れないほど滑舌の悪い俳優はたくさんいるのだが、2倍速にしても、セリフのすべてが明瞭に聞き取れる女優がいた。そして、どんなに汚い言葉遣いのセリフであっても、不思議と品格があった。着物も美しく着こなすが、スーツ姿もすこぶる似合う。インテリジェンスが滲(にじ)み出る役柄をさらりとこなす。決して楚々とはしていない、コミカルな動きも完璧に演じる。巨悪というよりは、じわじわと嫌悪される役を引き受けた。蝶よ花よと持て囃される主役を演じるよりも、脇できっちり共演者を光り輝かせる天才。野際陽子である。

 大好きだった。いつまでも日本のテレビドラマ界を支えてくれる人だと思い込んでいた。ご冥福をお祈りするとともに、名女優への感謝を書き記しておきたい。

 濃厚な記憶として残っているのは「ずっとあなたが好きだった」(TBS)の義母役だ。マザコンの冬彦さんこと佐野史郎が、その気持ち悪さで日本中を席巻した人気ドラマである。当時大学生だった私は、付き合っていた男の母親から毛嫌いされていたことも重なり、我が事のように感じていた(と日記に書いてある)。

 佐野の怪演も素晴らしかったのだが、その礎(いしずえ)を築いた母役・野際の一挙手一投足も、人物設定の重要な柱だった。佐野の気持ち悪さを引きたてつつ、最後は溺愛してきた息子に初めて反抗され、刺されるという悲劇の大役だった。自分の歪んだ子育てが間違いだったと悟る、悲しい母でもある。

 そして、嫁姑バトル隆盛期に古風で頑固、コミカルな姑を演じた「ダブル・キッチン」(TBS)である。

 今でも脳裏に焼きついているシーンがある。仕事優先の嫁・山口智子と喧嘩するたび、ストレスの捌(は)け口として鼓を打つ野際。和室に駆け込んでいって、山口の悪口を言いながら、一心不乱に鼓を打ちまくるのだ。

 一方、山口もキッチンで野菜を豪快にぶった切りながら、野際へのストレスを解消する。嫁と姑がひとつ屋根の下で、お互いを罵り合い、一方は包丁でザクザク、一方は鼓でスポンスポンスポポポーン。おかしかったなぁ。こんな姑、絶対イヤだなぁと思った記憶も。

 最近では「DOCTORS 最強の名医」(テレ朝)。奇天烈な問題児の甥・高嶋政伸を、より稚拙に浮かび上がらせる院長の役だった。高慢ちきなお坊ちゃまの高嶋を「すぐるちゃん」と呼び、コントロールしきれず持て余すところからの突き放し&放置。共演者を見事な名脇役に持ち上げたのだ。

 数多くの作品に出てきたが、弁護士や医者、作家や新聞記者など、国家資格所有者やインテリの役が多く、実に似合っていた。現在放送中で、最後の出演作となった「やすらぎの郷」(テレ朝)では、大胆さと賢さと茶目っ気のある、策に巧みな覆面作家の役だ。本当に素敵だった。ドラマ界を陰で支えた野際陽子に、大きな拍手と心からの謝意を送る。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

「週刊新潮」2017年7月6日号 掲載

新潮社

最終更新:7/19(水) 16:08
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