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宗教とは何か? 20年の修行を積んだ禅僧が語る宗教と現世利益の関係

7/10(月) 8:00配信

BEST TIMES

人はどのようなとき宗教を求めるのか?  「宗教のテーマは現世利益ではない」と語る南直哉禅師。約20年の修行を積み恐山・院代となった同師が上梓する『「悟り」は開けない』で語られるアウトサイダー仏教論。「悟り」とは何か――、そして「仏教」とは何か、その本質がわかる。

人が「宗教」を求めるとき

 今の世の中、教養や一般的知識として知りたいという需要とは別に、人が「宗教」を求めるとしたら、どういうケースでしょうか。

 すぐに思いつくのは、「初詣や合格祈願で神社仏閣に参拝する」とか「お葬式や法事をお坊さんにしてもらう」、あたりだろうと思います。

 しかし、これは「宗教」というよりも「信心」、いやその意識さえ薄い「習俗」「慣習」レベルの話かもしれません。期待されているのは、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」程度の“現世利益”でしょう。私が今回お話しようと思うのは、このレベルとは別の話です。

 すると次に出てくるのは、もはや「自分」の力や「人間」の能力では解決のつかない苦しみや悩みから救ってほしい―、という“願望”です。おそらく、一般的に、あるいは普通にイメージする「宗教」が立ち現れてくるのは、この局面です。それはすなわち、「霊感商法」が跋扈し始める局面とも言えます。いわく、「このお札を買えば金運がつく」「先生の手が触れると病気が治る」「御祈祷すれば縁談が来る」……。

現世利益だからこそのれ霊感商法

 昔から、「霊感商法」が市場としているような「宗教」にアプローチしてくる人の問題は、「貧」「病」「婚」だと言われていました。つまり、貧困や金銭トラブルの問題、病苦、それに結婚に代表されるような異性関係や、広く人間関係の縺れや葛藤です。

 近頃はこの3つに「老」が加わるかもしれません。老いが「貧」「病」「婚/困(人間関係の困難)」を招き寄せ、最終的に孤立に追い込んだとき、その苦しみは深刻でしょう。

 ここで一言しておかなければならないのは、「貧」「病」「婚」「老」などから発する需要は、強度は違っても、要するに「現世利益」だということです。「現世利益」だからこそ「商法」が可能なのです。

 しかし、実を言えば、これらは「宗教」の問題ではありません。
 だいたい、貧困は当人が稼げるかどうかにかかっていて、たとえば稼ぐ条件や環境を整備するのは政治や行政、企業の役目です。病気は治療と療養の問題です。人間関係のトラブルは、当事者が努力して改善する以外に解決の方法はありません。「老い」の苦悩が貧困や健康問題、人間関係にあるなら、当人や周辺の人々、さらに共同体が、それらを丁寧に取り除いていく手間をかけるしかないでしょう。

 むろん、古代からこのような問題を扱う「現世利益」的テクノロジーがありました。たとえば、土着信仰としての呪術です(古代には「政治」と「医術」がそうした信仰体系の内部に位置づけられていた)。

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