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中国に政治的に翻弄されつつも、なお強かな経済都市・香港

7/10(月) 12:20配信

Wedge

 7月1日、香港は中国返還20年を迎えた。それに合わせて習近平国家主席が6月29日に来港。「1国2制度」の下、世界の金融都市、経済都市として繁栄してきた一方、政治的には返還前に香港人が恐れてきた「中国化」が進んできた現実がある。2014年の雨傘運動を主導し、「学民の女神」と呼ばれた周庭(アグネス・チョウ)氏と政党「香港衆志(デモシスト)」の秘書長で、マレーシアやタイで拘束された経験もある黄之鋒(ショジュア・ウォン)氏の2人がこのほど来日。2人とも香港返還前年の1996年生まれで、わずか20歳だ。彼らへのインタビューの他、7月1日の民主化を求めるデモの様子、今後の香港の見通しをレポートする。

香港の大前提は“お金を稼ぐ街”

 香港はここ数年、政治的な都市として注目されているが、香港人は決して政治的な人間ではない。むしろ実利を重視する「商人」であるということを見落としてはならない。香港はイギリスの植民地になってからレッセフェール(自由放任主義)の下、「商人の街」、「ビジネス都市」、「お金を稼ぐ街」という機能を、市民自身が作り出してきた「ボトムアップの街」である(対極にあるのが「開発独裁」と言われるほど「トップダウン」のシンガポール)。香港人には「商売人」の血が流れている。だからこそ、世界中から金の匂いを嗅ぎ付けて多くの人が集まり、世界的にも有数の経済都市となった経緯がある。中国共産党の言葉を借りるなら、お金こそが「核心」である。これを頭に入れておかないと香港人を誤解しかねない。

中国人は嫌いではないが、中国政府は嫌い

 香港人としても、意図せずに政治の街と化しているのは忸怩たる思いがあるだろう。その象徴的な出来事は14年9月に学生たちが中心となって起こした民主化運動「雨傘運動」だ。17年の次期行政長官選挙で、完全普通選挙を実施することを求める運動だったが、当時の主要メンバーである黄之鋒と周庭が来日した。日本のアニメやアイドルが大好きで、独学で身に着けた流暢な日本語を話す周庭に、日本メディアの取材は殺到していた。周庭の日本語能力が、彼らの活動範囲を広げたといえよう。 

 「香港は『1国2制度』ですが、中央政府の締め付けをみると今や『1国1.5制度』という状態です。香港の人権や民主のためには、国際社会の関心や協力が不可欠です。香港はアメリカの政治家や社会運動のメンバーとは交流がありますが、言葉の壁が小さくなった日本の方々とも交流したいと考えています」と黄之鋒は話す。

 返還20年ということで日本のメディアも香港を数多く取り上げたが、なぜそもそも黄之鋒は活動家になったのか、その原点を聞いてみた。

 「小学校2、3年生の時に中国に行ったんです。そのとき、グーグルやフェイスブックが使えなかったことに衝撃を受けました。また、当時は(任天堂が発売した携帯型ゲーム機である)ゲームボーイが好きだったのですが、それも中国本土では買うことができず、ゲームボーイに似た偽物だけが売られていました。この時に中国は香港とは違うのだなと初めて感じたのです」

 中国と香港が違うということと、「中国を嫌うこと」では意味が異なるが、「最初に中国をイヤと感じたのは、トイレの使い方が汚い点でしたね(笑)。ですが、それで中国本土の全ての人を本当に嫌いになったわけではありません」という。

 一方で、中国政府に対しては全く違う感情が芽生えた。

 「11年に天安門事件のことを学校と両親から学び、中国政府は正しいことをしているとは思えなくなりました」

 翌12年に香港政府は「中国人としての誇りと帰属意識を養う」ことを目的とした愛国教育を進めようしたが、すでに天安門事件を勉強していた黄之鋒は反発。ハンガーストライキなどを行い、香港政府は事実上、愛国教育推進を撤回に追い込まれた。

 16年の立法会選挙では、年齢制限があり黄之鋒と周庭は立候補できなかったが「次回の選挙はもちろん立候補しますか?」と尋ねると、2人とも「まだ考え中です」と答えたが、その顔はまんざらでもないように見えた。彼らが組織する政党、「香港衆志(デモシスト)」は、羅冠聰(ネイザン・ロー)という最年少立法会議員を輩出した。しかし、民主派内は、独立を主張する「本土派」の政党や、どちらかというと中国に対しても融和的な政党など派閥によって志向性にグラデーションがあり、一枚岩ではない。このようなわけで、一致団結して当選を目指す「親中派」の勢力に比べると、選挙では不利といえる。

 黄之鋒は「比例代表制・最大剰余方式は小政党に有利にはたらくので、8%位の票さえあれば当選できます。社会の雰囲気が良ければいけます」と政党間での調整は必要ないとの認識だ。周庭は「(香港独立を主張する『本土派』の)青年新政の立法会での宣誓問題によって、彼らの勢力自体が弱くなってしまっています。彼らは民主党とは直接話しにくい面もありますが、私たち香港衆志は両政党とも話し合うことができます」と、民主派内での統合と融和に一役買えるという自信を示した。

 「1国2制度」が終わる47年、この2人は51歳になる。もし政治家になっていたとしたら、すでに30年近い経験を誇るベテラン政治家で、一番油が乗っている時期だ。

 「私たちはその時の香港社会を支える世代ですから責任があると考えています。イギリスと中国との香港返還の交渉に、香港人は参加することができませんでした。47年以降の香港は、自分たちで決めていきたいです」と黄之鋒と周庭は口を揃えた。

 03年7月に、香港版「治安維持法」ともいわれる基本法23条に基づく国家安全条例の立法に反対する「50万人デモ」が発生したとき、周庭はまだ小学校1年生だった。

 「わけのわからないまま親に連れられてデモに参加しました。子どもでしたから、『大人がなんで、こんなに叫んでいるのだろう。暑いから帰りたいなと思っていました(笑)』。日本人が持っている民主的な権利は、香港人は持っていないもので、私たちはそれを追い求めています。ですので、大切にしてほしいです。そして不正義・不公平に気づいたら声を上げてください」。

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最終更新:7/10(月) 12:20
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