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稲庭うどん発祥の地で戦乱の世に思いを馳せる 稲庭城(秋田県湯沢市)

7/10(月) 19:10配信

サライ.jp

文/萩原さちこ(城郭ライター・編集者)

暑い季節になると、つるりとしたうどんを食べたくなりますね。

讃岐うどん、五島うどんと並び、日本三大うどんのひとつに数えられるのが、稲庭うどんです。秋田県湯沢市でつくられている手延べ製法の干しうどんです。

稲庭うどんの醍醐味は、舌触りとのど越しです。手延べ製法によりつくられた麺は気泡があり中空になっているため、なめらかな食感になります。

稲庭うどんの歴史は古く、1665(寛文5)年まで遡ります。栗駒山をのぞむ山々に囲まれる稲庭の地は、澄んだ水と空気に恵まれ、良質な小麦の産地でした。そこで藩主が村人たちに命じてつくらせたのが、はじまりといわれます。

うどんは、江戸時代初期には渡来していたようで、大坂でうどん屋ができはじめたとみられます。西日本で定着したうどんが遠く離れた秋田に伝わった理由は定かではありませんが、三輪素麺の技術が北前船で由利本荘市に伝わり稲庭にたどりついたという説、秋田と仙台を結ぶ街道筋にあるため白石温麺の技術が伝わったという説、秋田藩主・佐竹氏が常陸から秋田へ転封時に持ち込んだという説などがあります。

*  *  *

さて、そんな稲庭うどんの故郷にある城が、秋田県湯沢市稲庭町の稲庭城です。

標高704メートルの大森山の西側尾根、標高約300メートルの場所に築かれた山城で、鎌倉時代初期の築城と伝わり、鎌倉時代から室町時代後期に秋田南部を支配した小野寺氏が本城としました。

天守は存在せず、現在山頂に建っている天守は昭和に入って建てられたものです。しかし、最上階からの眺望はなかなか見事。稲庭城を囲む三又城、三梨城、川連城などの支城が見渡せ、絶大な勢力を誇った小野寺氏の支配力を感じ取ることができます。

秀吉の台頭により勢力を弱め、最上義光に総攻撃を受け、関ヶ原合戦後には領地を没収されてしまった小野寺氏。戦乱の世の移り変わりに思いを馳せられる城です。

ちなみに稲庭城は、全国的にも珍しいスロープカーで登る城です。もちろん、歩いても登れますので、体力と脚力に合わせて、お好きなほうでどうぞ。立派な大手口のほか、二の丸の南側にある本丸も見ごたえがあります。

【稲庭城】
■所在地/秋田県湯沢市稲庭町字古舘前平50
■開館期間/4月中旬~11月上旬
■休館日/火曜(火曜日が祝日にあたる場合はその直後の平日営業日)
■開館時間/午前9時30分~午後4時30分

文/萩原さちこ(はぎわら・さちこ)
城郭ライター・編集者。小学2年生で城に魅せられる。青山学院大学卒業後、広告代理店や制作会社を経て独立。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座など行う。おもな著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波書店)、『図説・戦う城の科学』(SBクリエイティブ)、『江戸城の全貌』(さくら舎)など。 東京都生まれ。公益財団法人日本城郭協会学術委員会学術委員。

最終更新:7/10(月) 19:10
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