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「隠れ吃音」と付き合って生きていくということ

7/10(月) 19:30配信

WIRED.jp

「こういうことを人に話すのは初めてですね」。情報哲学の俊英ドミニク・チェンがそう語るのは、自身の「吃音」について。誰もがひとつやふたつ抱えているであろう“見えない障害”と、彼はいかに付き合いながら生きてきたのだろうか? 「障害者の世界のとらえ方」を研究する伊藤亜紗によるインタヴュー。

「目が見えないこと」にぼくらが学ぶこと

『WIRED』日本版は2017年10月10日、「アイデンティティ」をテーマにした1dayカンファレンス「ワイアード・アイデンティティ」を開催する。「多様性」という言葉がすでに形骸化しつつあるいま、「わたし」として「わたし」を生きることについて考える1日だ。

東京工業大学准教授で、障害者の世界のとらえ方を研究する伊藤亜紗が自身のウェブサイトに掲載したドミニク・チェンへのインタヴューで、チェンは自らの吃音について、それとどう向き合い、どう乗り越えてきたかを素直な言葉で語っている。代替のきかない自分と、いかに折り合いをつけていくか。伊藤とチェンの対話から、自身と向き合うことの価値を考える。以下、インタヴューを全文転載する。

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情報学研究者/起業家のドミニク・チェンさんにお話をうかがいました。チェンさんは、見た目にはほとんど分からない「隠れ吃音」タイプの方。今回はじめて吃音についてじっくり語っていただきました。ラップ好きのチェンさんは、自分がどんな間やリズムならば安心できるのかにとても敏感。「韻はミクロな安らぎの源泉」という表現にはぞくぞくしました。もしかしたら、吃音があるからこその快楽主義、というのもあるのかもしれません。日・英・仏の複数の言語のあいだでの言い換えという話題も新鮮でした。

日・英・仏「ドミニク」3パターン

■伊藤 子どものころからの吃音の状態の変化はありますか?

■チェン 程度みたいなものは自分では自覚していないんですが、大人になってからの方が、対処するレパートリーみたいなものが増えたんですよね。最初に本を出した2012年は1年間に5、60件は人の前に出てしゃべるということをしていたので、何らかのスキルがそこでついた、経験値があがっていったというのはあります。楽器の手癖みたいなもので、こういうときはこうする、というテンプレが出来ていく、吃音を回避する道筋が見えるようになったんだと思います。吃音って予兆があるじゃないですか。話していても、三単語先には、「あ、あいつが来る」みたいな感じ(笑)。ブロックがこちらに向かって、来る、来る、来るという感じで、昔はぶつかっていたけれど、今はそれを右からでも避けられるし、左からでも避けられる。それで余裕が持てるのかなと。でも、こういうことを人に話すのは初めてですね(笑)。

それからは、あまり辛いなとか、やだなとか、思わなくなった感じがします。良い悪いは別として、成長するにつれて、楽にはなって来ているかな。うまく付き合えるようになってきた感じはします。子どものころ、とくにティーンエイジャーのころは、そういうことに敏感なので、女の子に話すときとかに隠そうという意識が強かったと思うんですが(笑)、いつからか気にしなくなってきましたね。

■伊藤 教育は日本で受けてきましたか?

■チェン 生まれは日本だったんですけど、フランス人学校に通っていたので、学校ではフランス語、家庭では日本語で話していました。そのあと、十歳頃のときにパリに行って十七歳まで過ごし、大学はロサンゼルスに二十二歳までいました。それからまた日本に帰ってきました。言語環境が変わっているので、言語ごとのどもりの変化というのは、たぶんありますね。

■伊藤 一番気にしていたときはパリ時代ということですね。

■チェン そうだと思います…でも、自分の吃音がどんなふうに変化してきたかってあんまり覚えていないですね。

■伊藤 ミクロに見ても、どもった瞬間って意識が飛んだような感じになって記憶にないですからね。

■チェン たとえば友達十人くらいと話していて、どもって、友達に突っ込まれて笑いに変える、みたいなことはよくありましたね。「酔っ払ってんの?」とか(笑)。

■伊藤 笑いに変えていたんですね。

■チェン まわりもあまり気にしない感じだったのは幸いでしたね。

■伊藤 いま、使う言語を変えるとどもりの状態は変わりますか。

■チェン そうですね、ぼくは困ったことに自分の名前でどもるんですよ。日本語だと「ドミニク」でダ行の音は吃音が出やすいです。フランス語でも同様にどもりやすいです。ただ、英語だと、最初の[dα] のアクセントが強くなるので、この「ド」に勢いをつけて破裂させる感じにすると、どもらないです。だから英語だと自己紹介しやすいです。イントネーションが大事なんですよね。勢いつけて言っていいんだ、となると大丈夫。アメリカ英語の、しかも西海岸の甘ったるい感じがいいのかもしれないです(笑)。名前では「チェン」のほうが日本語でも言いやすいのですが、ドミニクの印象が強い人も多いようで、あまりピンときてもらえないんですよね。ときどき自分の名前が言えなくて、自己紹介なのに「どうも」で終わることもあります(笑)

■伊藤 名前は言えないという方が多いですね。それも、音の構成上言いにくいのか、苦手意識をもっているだけなのか、よくわかりません。名前を言う場面って初対面だったりして、そもそも緊張感が高いシチュエーションですよね。だからどもりやすいというのもあると思います。

■チェン なるほど。そもそもどもるシナリオなんですね。やっぱり緊張なんですかね。

吃音ブロックのかわし方

■伊藤 具体的な回避テクニックについて、もう少し教えていただけますか。

■チェン いくつかあります。ひとつは言語を変えてしまうということです。ぼくが子どもの頃に通っていた東京にあるフランス人学校は、日仏のハーフの人がいっぱいいたんですね。それで、必然的に日本語とフランス語がまざるようなしゃべり方をする環境でした。フランス語で話していて、ある単語が思い出せないと、いちいちつっかかるのも面倒くさいから日本語をいれちゃう。変なクレオールみたいな感じです。それでみんな自分のペースみたいなのができていて、フランス語だとこういう、っていう言い換えができていました。でも純粋に日本人だけの場でフランス語に言い換えるのは意味がないので、日本語だけで話すとなると、うまく逃げ道がつくれなくて、詰まってしまうという。その逆もしかり。日仏人どうしで話していると、言語スイッチが使えるから、けっこうなめらかな気持ちはしますね。

あとは、フィラーですかね。「えー」とか「あー」みたいな音をときおり入れることによって、自分のペースを回復したりとか、目前まで迫って来た「ブロック」を少し押しもどして時間かせぎする感じですね。最初の出だしがどもるときは、「えー」と入れることで滑りだしをよくする。最近すごく困っているのが、4月に着任したばかりの「早稲田大学」がうまく言えないんですよね。「わせだ」が言いにくい。とりあえず「こんにちは」って言ったりしてます(笑)

■伊藤 なんかゲーム感覚ですね(笑)。でもなぜ「えー」を入れると言えるんですかね。

■チェン 息が出てない状態が余計自分を緊張させるんじゃないかと思っているふしがあって、だからとにかく音を出したい、音を出してればどうにかなるだろう、みたいな感じがあります。

■伊藤 「えー」って言って結局出ないこともありますか?

■チェン ありますね(笑)。そのまま話題を変えちゃったりします。公の場で話しているときも、ぼくは変な間を入れるんですよね。気がついている人は気がついていると思いますが。話す内容を考えているときに吃音ブロックがやってくるので、ダブルで大変ですね(笑)。

■伊藤 私は自分の「えー」を観察すると、最後にキックが入りますね。「えーっと」の「っ」まで言う感じです。キックしてその勢いで言いにくい言葉を言う感じです。

■チェン 踏み台みたいな感じですね。ああ、それは使えそう。納得感ありますね。でも英語とかフランス語だと「えーっと」みたいなことはそもそも言わないですね。

ぼくは社会人になってから日本語で生活しているので、声帯の「日本語筋」がいちばん日常的に鍛えられていると思います。それでときどき海外に行ったりすると、フレーズは浮かんでいるのに、喉で出てこない。吃音と違うかもしれないけれど、感覚としては似ています。頭にはあるのだけど、声帯の筋肉がその言葉を発してくれない、という感じです。でも1、2週間海外で過ごして、英語メインになってくると、こんどは日本に帰ってきたときに同じようなことが起こるんですよね。軽い言語障害みたいな感じになるんです。ぼくは勝手に「言語筋」って呼んでるんですが。何語で話していようと、どもるんじゃないか、っていう恐怖心があると、そこでつっかえちゃうのかもしれません。

あと、ここ数年、もうひとつ回避テクニックを開発したのを思い出しました。どもりの予感がしたときに、一拍おいて、すばやく息を吸うんです。一瞬「スーッ」って。自分でも変な癖をつけちゃったなと思うんですが、さっきからもう二回くらいやっています。鼻からでも口からでもいいんですが、「スーッ」ってやると、どもりそうなブロックを上からヒョイって乗り越えられそうな、そんなイメージです。跳び箱を飛ぶ前に「いくぞ!」って勢いをつけて助走するみたいな感じです。さっきの「っ」と似てますね。

■伊藤 息を吐くとすべる系の準備で、息を吸うとキック系の準備になりますね。すべるだと、いつ言葉がやってきてもいいので待つ感じになるけれど、キックはもう飛ばないといけない。飛べなかったら何度かキックする感じになりますね。あまり「えーっと」を連発するとしどろもどろな感じになりますが(笑)。

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最終更新:7/10(月) 19:30
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