ここから本文です

労働時間短縮の裏側で起こっていること「部長、残業しちゃダメですか?」事件簿3連発

7/10(月) 15:50配信

HARBOR BUSINESS Online

◆長時間労働の是正をどうするか?

「働き方改革」がたびたびメディアに登場することが多くなるにつれ、“長時間労働の是正”に本腰を入れ始める企業が増えてきました。もちろん、労働基準監督官による臨検をはじめとして、行政が長時間労働の是正に力を入れていることが要因ではあるのですが、人材確保という意味でも職場環境の改善に取り組まざるを得なくなってきているのも大きな要因となっています。

 勤務インターバルやテレワーク、プレミアムフライデーや年次有給休暇の計画的付与など、制度を導入することで労働時間短縮(時短)を促進したり、AIをはじめとしたITへの投資を強化することにより業務の効率化を図るなど時短に向けた取り組みは各社さまざまです。

 ただし、「時短はしたいが特にアイディアが無い」なんていう会社があるのも事実です。そんな会社ではこんなことが起こっています。

◆事件簿【1】時短ハラスメント?

「いいから帰りなさい」

 こう、部長から日々せっつかれるようになったYさんの口からはこんな愚痴がこぼれます。

「部長は“帰れ帰れ”と言うけれど、仕事量は全く減っていない。お客様には迷惑かけられないし……」

 実はこの会社、労働基準監督官による臨検を受け、労働時間について是正勧告を受けたため、時短に乗り出したのでした。是正勧告は月の残業時間が全社員平均して90時間にも及び、中でも長時間労働が目立っていたYさんの所属する商品企画部では、実に平均120時間にも及んでいたというのが大きな要因でした。そこで、経営陣より部長に対して「商品企画部の残業時間を80時間にせよ」との指示が出たのが事の始まりでした。

 Yさんにしてみれば、「仕事量は減らさないが残業時間は減らせ」という難題を押し付けられた上に、何もアイディアの無い部長には、ただひたすら「帰れ」と言われすっかりまいってしまいました。これを世間では時短ハラスメント略して“ジタハラ”と言う人もいるようです。

◆事件簿【2】時短は誰のため?

 大手企業ともなると、長時間労働の是正、労働時間の短縮には社を挙げて本腰で取り組むものです。そんな中、時短の推進役を担うのは人事部です。

「手に負えませんよ。こっちは彼らのためにやっているのに」

 こう漏らすのは人事部に配属されて5年になるI課長です。このI課長の悩みの種は営業部の社員のタイムカードです。

「全員9時から18時で打刻されているんですよ」

 約30人いる営業部の社員全員が必ず毎日9時に出社し、18時に退社したという記録が残されていたそうです。営業部はI課長がいる人事部のはす向かいのビルに入っており、18時過ぎても人がいるのが明らかにもかかわらず、タイムカード上は18時退社となっているのです。不審に思ったI課長が若い営業に声を掛け、聞き取りをしたところ、こんな答えが返ってきました。

「交代制で全員のタイムカードを打刻してるんですよ」

 事実を突き止めたI課長はすぐに人事部長に報告し、人事部長から営業部長に厳重注意が行われました。

「俺らが稼がなきゃ誰が稼ぐんだよ」

 しかし、営業部長の反発も激しく、話し合いは平行線をたどりました。人事部も18時すぎに営業部に乗り込むなどの抜き打ち検査等で厳しく対処しましたが、会議室やカフェなどに集合して仕事を続行するなど営業部もあの手この手で抵抗を続けました。

 幸い、この会社は社長をはじめとした経営層も労務リスクに関する危機感を強く持っており、“長時間労働の是正”に対する意識が非常に高かったため、労働時間を“削る”や“潜らせる”などの営業部長の抵抗はほどなく終わりを告げ、今では適正な労働時間把握が行われているそうです。

◆事件簿【3】時短が生活にもたらすもの

「残業が減って時間に余裕はできたけど、めっきり生活にはゆとりがなくなったよ」

 こう漏らすのは入社8年目のAさん。Aさんの職場は中小企業をメインにした小さめの広告代理店。従来はみんな残業が当たり前で

「何となく会社にいるのが普通でした」

 最近では残業申請が必要になり、業務の進捗や計画を細かく上司に報告しないと残業ができなくなったそうです。もともと給与は他社の同年代の人に比べて高めだったので、その分、残業代も高く、ある程度「残業代を見越して生活設計していた」そうです。

 ところが、残業が減った為、比例して残業代も減り、以前ほど趣味にお金が回せなくなってしまったというわけです。また、Aさんのまわりでは残業代が減っただけではなく“自身の評価が下がってしまった”同僚もいたそうです。

「仕事量に大きな差が出たみたいです」

 Aさんが同僚Bさんについて語ってくれました。

 Bさんも以前は同僚の中で誰よりもよく残業をしていたようです。その時は仕事量が他の社員よりも極端に少ないということはなかったようです。ところが、時短が始まってからというもの、日を追うごとに成果に差がついて来てしまい、評価にも大きく影響が出てしまったということです。

 かつては要領が悪くても残業して時間をかけて成果を出せば許されていたのですが、残業が自由にできなくなり、同僚との仕事量・成果の差が一目瞭然になってしまったのです。

◆働き方改革はHAPPYばかりではない

 ブラック企業とか社畜など、企業に対する世間の目はここ数年で確実に厳しいものとなってきました。そして、それに呼応するように行政の動きも活発になり、企業に労働環境の改善を強く求めるようになりました。それがまさに“働き方改革”であるのですが、その改革を求められているのは会社だけではなく“働く人”そのものにも改革が必要なのだということがわかってきました。

 働き方改革の大本命である“長時間労働の是正”には生産性の向上が必須であり、そのために業務全体の効率化は当然として、労働者個々人も生産性を向上しなければならないからです。今までは苦手な業務であっても時間をかけて期日までに達成できていればよかったのですが、時短により時間をかけずに達成して行かなければならなくなったからです。

 今、働き方改革が求めているのは企業に対する生産性の向上ですが、これは同時に働く人個々人にも生産性の向上が求められているということを再認識しておく必要があるようです。

 働き方改革は、労働者にとってすべてがHAPPYな改革ではないというお話でした。

<TEXT/大槻智之>

【大槻智之】

’72年4月、東京都生まれ。日本最大級の社労士事務所である大槻経営労務管理事務所代表社員。株式会社オオツキM 代表取締役。OTSUKI M SINGAPORE PTE,LTD. 代表取締役。社労士事務所「大槻経営労務管理事務所」は、現在日本国内外の企業500社を顧客に持つ。また、人事担当者の交流会「オオツキMクラブ」を運営し、250社(社員総数25万人)にサービスを提供する

ハーバー・ビジネス・オンライン

最終更新:7/10(月) 15:50
HARBOR BUSINESS Online