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自衛隊を「日陰者」の地位から抜け出させることの必要性

7/12(水) 16:00配信

NEWS ポストセブン

 安倍晋三首相が提起した「憲法9条改正」に向けて、自民党内で議論が始まった。しかし一連の改憲論議では、北朝鮮の核・ミサイルなど安全保障上の現実的な脅威に対し、「9条改憲」がどう資するかという視点が抜け落ちているのではないか。国際政治学者の三浦瑠麗氏が指摘する。

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 安倍首相の改憲案を聞いた時、「そんな内容でいいんだ!」と驚きました。

 安倍試案は、憲法9条の1項及び2項を維持しながら、新たに加える3項に自衛隊の存在を明記するという内容で、従来の自民党改憲草案よりずいぶんトーンダウンした印象です。改憲への姿勢は評価しますが、国の設計図である憲法が政治的な妥協の産物であってはなりません。

 最大の問題は、この案に則って憲法に自衛隊を明記しても「戦力は保持しない」と規定する9条2項を残したままでは「自衛隊は軍隊か」「戦力とは何か」という“神学論争”が残ることです。

 これでは、従来の憲法論議から抜け出せない。事実上核兵器を保有する北朝鮮の脅威が迫る現在、日本に必要なのはこれまでのような重箱の隅をつつく神学論争ではなく、現実に即したまっとうな安全保障論議です。

 北朝鮮や領土問題で対立する中国から国民の生命と財産を守るため、自衛隊の予算のどの部分を重点的に増加させるべきか。ミサイル防衛なのか、敵基地攻撃能力なのか、あるいは既存部隊の人員増や運用能力の強化を優先すべきなのかといった、リアルな思考が必要なのです。

 しかし憲法改正に慎重な人々は憲法に自衛隊を書きこまないことや、書いたとしても軍隊でないものとして扱うことを求めます。そこにあるのは、自衛隊を「日陰者」の地位にとどめておけば、旧日本軍のように暴走しないから安泰であるとの価値観です。

 平和憲法のもと、自衛隊は与野党双方からいじめられてきました。自民党でさえ、実は戦後日本的なハト派の価値観で自衛隊を冷遇してきたのです。憲法9条を奉るだけで、米国への依存も自主防衛も嫌がり、自衛隊は押し込めておくけれど、隊員には粛々と汗をかき、いざという時には血も流せというのは理不尽なご都合主義です。野党や一部の国民から圧迫を受ける自衛隊からすれば、たとえ“DV夫”だとしても自民党にすがるしかなかった。こうした不健全な依存構造は、3項追加の安倍試案では解けません。

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