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いまだ枯れてない“ゆず”のストイックな精神を感じた――近田春夫の考えるヒット

7/12(水) 11:00配信

文春オンライン

『カナリア』(ゆず)/『ピースサイン』(米津玄師)



 ゆずが今年で20周年と聞き、すこしビックリした。なんだかまだデビューして6~7年ぐらいのイメージだったからだ。そういわれてみればたしかにそうなのだが……。

 いや別に彼らに限ったことではない。このページをやっていると、結構案外20周年には出くわす。そのたんびに同じようなことを思うのだ。

 実感する時間の進み方が昔とは比べものにならぬほど遅くなってしまっているこの現状には、実は俺も当惑というか脅威は感じているのよね。何故といって、こんな傾向に拍車でも掛かりようもんならあーた、下手をすりゃ俺なんかもあっという間(3日ぐらいの実感で)にお爺さんだよ。不安ダヨォ。浦島太郎じゃないんですから……。

 それはともかく、この業界では“第一線勤続20年”も、もうそんなに珍しいことではなくなってきているようだ。

 その意味するところをサクッと考えてみましたんですけど、昔の歌手/芸能人よりいまのいわゆる“jpopアーチスト”のほうが才能に優れているから長命なのだというのなら、それにはちょっと異議の申し立てをしたいところだ。俯瞰すれば、何にせよ根幹にあるのはいわゆる“事務所力”のアップであろう。プロダクションにしろCD会社にしろ、如何に所属の商品の“人気”を長持ちさせるか、そのノウハウにはますます磨きがかかってきているに違いない。そうした意味での地道な努力の結果(笑)なのではないかと、ハイ。あ、あくまで私見ですけどね。

 このスキルが巧妙に、いや失礼、向上すればするほど、演者側にしてみれば、生活的には助かるだろうが、一方売れているのはどこまでが自身の実力によるものなのか、ますます判断がつかなくなっていくだろう。それは果たして長い目で見たとき、業界にとってよいことなのかどうか? うーむ……難しい問題だ。

 おっと段々話がそれてきた。てな感じで俺も色んな20周年記念盤を耳にしてきた訳だが、率直にいってこいつには相当の延命措置が施されてるわなぁと思わざるを得ない、そんな、もはやネタの尽きてしまった“大物”もなかにはいた。ではゆずはどうなのか。

 今週の本題はそこである。

『カナリア』を聴いた実感として、これは――リズムの作りにせよギターのフレーズにせよ――ポップスとして辛口なものを目指しているのだろう、という印象をうけた。まだまだ、この人たちは純粋に音楽表現に於いて新たなる領域を開拓しようとしているのだなと思った。そういっては何だが、もっと売れ筋の、いかにもファンが喜びそうな――再生産的な――歌などいくらでも書けるだろうに。

 私はこの楽曲の仕上がりに、とてもストイックな精神で音楽に臨む二人を、強く感じたのだった。

 米津玄師。

 追い立てられるようなテンポ、自己愛的な歌詞、サビでグッとテンションの上がる曲構造等々、まさにjpopだ。

近田 春夫

最終更新:7/12(水) 11:00
文春オンライン

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