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【ロッテ】最後の近鉄戦士・栗田雄介が歩んできた波乱万丈の野球人生

7/12(水) 11:00配信

文春オンライン

社会人チームの廃部、そして突然のドラフト指名

 この季節になると、どうしても2004年の夏の事を思い出してしまう。あの時、プロ野球は再編問題に揺れていた。大阪近鉄バファローズとオリックスブルウェーブが合併に向けた話し合いを行っているとの報道に端を発しプロ野球界は大きく揺れた。選手会によるストも含めた様々な動きが巻き起こり、それを乗り越えてプロ野球は新時代へ向けて激しく動き出した。

 そんな時代の最前線で翻弄された男が千葉ロッテマリーンズに今も在籍している。栗田雄介打撃投手兼チームスコアラー。当時はバファローズのルーキーだった。03年ドラフト最後の7巡目指名で入団。近鉄バファローズがドラフトに参加をした最後の年の最後に指名した選手であることから「近鉄最後の選手」と言われている。

「いろいろな事が忘れられないですね。まさか、自分が入団をした球団が一年で消滅をするなんて思ってもいませんよ」

 栗田はそう言って遠い過去になりつつある当時を懐かしそうに振り返る。元々、プロ入り出来るとは思っていなかった。所属をしていた岩手の社会人チーム・宮城建設が入社一年で廃部。途方に暮れていた時に知人の紹介もあり近鉄の入団テストを受験した。「最後の力量試しというか、運試しでした」。他にも日本ハムファイターズのテストも受けていたが、こちらはあっさりと不合格の連絡が入った。そんな中で藤井寺球場での試験に挑んだ。梨田監督も見守る中でのピッチング。ただ、特に合否を告げられることもなく、「なにかありましたらお電話をします」と事務的な受け答えをされただけだった。そして、その後は音沙汰もなく時が流れた。

 ドラフトの日に自宅でボッとしていると突然、電話が鳴った。「7巡目で指名をしましたから」。思わず、「エエ!」と驚きの声を上げてしまった。テスト後、何の連絡もなかったためテストを受けたことすら忘れている状態だった。契約の席上で与えられた背番号は「68」。近鉄歴代の名監督である西本幸雄氏、佐々木恭介氏などが背負っていた番号に今度は腰を抜かした。

「たまたまテレビで近鉄の過去の特集をやっていて、西本さんや佐々木さんの偉大さを認識していた。これはえらい番号をもらってしまったと震えました」

 社会人チームの廃部から一転、シンデレラストーリーが始まるかと思われたが、今度はルーキーイヤーが始まった矢先に衝撃の現実が襲い掛かる。寮でテレビをつけると合併問題が持ち上がっていると報じられていた。「どういう事?」。それが素直な感想だった。なにがどうなっているのか、入団したばかりの若者にはまったく分からない。そのうち選手に集合がかけられて全容がなんとなく分かってきた。

「社会人チームも一年で廃部。まさかプロに入って一年で球団が消滅することになるとは夢にも思わなかった。こんなことがあっていいのかと思った」

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最終更新:7/12(水) 18:03
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