ここから本文です

引きこもりが「出家」を望む今。恐山菩提寺院代がとらえた時代の変化

7/12(水) 8:00配信

BEST TIMES

南直哉禅師が会ってきた「出家したい」という気持ちを持つ人はどのような人なのか。約20年の修行を積み恐山・院代となった同師が上梓する『「悟り」は開けない』で語られるアウトサイダー仏教論。「悟り」とは何か――、そして「仏教」とは何か、その本質がわかる。

「出家したい」という気持ち

 最近、私は初めて性同一障害の人と会いました。20代の彼は元女性で、「思春期なるにつれ、どうしても女性の身体が嫌で、性転換を決意した」と言うのです。

 今はアルバイトをしながら、最終的な手術の資金を蓄えているそうですが、複雑だなぁと思ったのは、性転換して「男性」になっても、性的な指向は「男性」だと言うのです。つまり、性転換者のゲイというわけです。思うに、マイノリティ中のマイノリティではないでしょうか。今は、男性のパートナーと一緒に住んでいて、それなりに落ち着いて生活していると言います。で、この彼が私に「出家したい」と打ち明けるのです。

 あるいは、中学校で「引きこもり」になって以来、まともに世間に出ていないという40歳くらいの男性。この人は、ネットにショップを開設して、色々な中古品を売買していたら、それなりに儲かって、生活できるようになってしまったんだそうです。すると、もう「準引きこもり生活」を止める必要もなくなります。

 私は、それはそれで結構ではないかと思ったのですが、どういうわけか彼も「出家したい」と言い出すのです。

今とは違う「定年退職・余生型」と「頭でっかち・理想型」

 このような人たちは、これまで私が出会った「出家志願者」とタイプが違います。今まで多かったのは、「定年退職・余生型」と「頭でっかち・理想型」です。

 前者は要するに定年退職でアイデンティの危機に陥った者が、なんとなく関心のあった仏教に接近して、職業の代替や老後の「生きがい」を出家に求めるタイプです。後者は山ほど仏教書を読んだり坐禅したりしていて、自分の頭の中に理想の「仏教」を作り上げ、そこに飛び込もうとするタイプです。

 彼らは要するに「ユートピア」を求めるタイプで、「出家」というより「家出」に近い。それが証拠に、「出家」してから何をテーマに僧侶として生きるのかを、ほとんどまったく考えていません。
 したがって、「業界」の現実を具体的に説明すると、「それは自分には無理」と言い出すか、「そんなのは本当の仏教ではない」と怒り出して、沙汰やみになるのがほとんどでした。

 しかしながら、最近遭遇した出家希望者にしばしば見られるのは、「定年退職型」「頭でっかち型」志願者の“ユートピア願望”とは質の違う態度です。
もちろん、彼らも現状に不満で、どこかに行きたいという意味では「ユートピア」的願望を持つのでしょうが、私が感じるのは、「ユートピア」を求める不満の底に横たわる「居場所のなさ」「寄る辺なさ」、言い換えると、輪郭のはっきりしない「なんとなく不安な感じ」です。

「定年退職型」「頭でっかち型」には、妙な思い込みはあっても、この種の「居場所のなさ」や「なんとなく不安」に囚われている感じはなかったのです。
〈『「悟り」は開けない』ベスト新書より構成〉

文/南 直哉

記事提供社からのご案内(外部サイト)

出版社ベストセラーズの編集者が作る「感情を揺さぶる」情報マガジン「BEST TIMESベストタイムズ」。