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「アンチフットボール」とは何か。知られざる語の起源。勝利第一主義で生まれた“戦術”【サッカー用語の基礎知識】

7/12(水) 10:20配信

フットボールチャンネル

 知っているようでよく理解できていない、そんなサッカー用語を普段見聞きしていることはないだろうか。語彙の面からサッカーに迫ることで、より深い理解が可能になるかもしれない。今回は「アンチフットボール」について考える。(文:実川元子)

●EURO2016で優勝したポルトガルはアンチフットボール?

 2017年6月17日から7月2日までロシアで開催されたコンフェデレーションズカップを見ながら、ひそかに懸念していたことがある。

 世界的大会で近年繰り返されるアンチフットボールをまた見せられるのではないか。2016年フランスで開催されたEURO欧州選手権で優勝したポルトガルは、準々決勝までの5試合すべて引き分け、決勝も109分にようやく1点とって優勝した。どの試合も正直、見ていておもしろくはなかった。

 確かに勝負ごとだし、勝ったチームが強いのだし、「結果がすべて」ではあるけれど、プロのサッカーは観ている人を楽しませるべきではないか。だが、優勝したとはいえ、ポルトガル代表の試合にカタルシスを感じることがなかった。あれこそまさにアンチフットボールだと私は思った。

 ところが、ワールドカップのプレ大会という位置づけのためか、それとも起用された若手がのびのびとプレーしたためか、コンフェデレーションズカップはどの試合もおもしろかった。

 準決勝のポルトガル対チリ戦は、スコアレスドローにもかかわらず最後まで興奮させられたし、PK戦ではGKブラボのすばらしさに絶叫したほどだ。なんだ、ポルトガル。アンチフットボールじゃなくても結構やれるじゃないか、とちょっと見直した。敗退したけれど。

 極度に守備的で退屈なサッカーを、つい私は「勝てばいいとサッカーのおもしろさを殺すアンチフットボール!」と批判してしまうのだが、そもそもアンチフットボールとはどういう意味なのだろう?

●アルゼンチンが「アンチフットボール」発祥の地

 まずはウィキペディア(英語版)を見てみよう。「パスのためのパスしかしない、ストライカー以外の全員が後方に引いて徹底して守るだけ、またはフィジカルを生かして激しく当たって相手を封じるスタイル。試合に勝つことより、相手のゴールを阻止するほうを重視する」と定義されている。

 とりあえずボールを前に蹴り出す、意図的にダイビングする、ピッチに倒れこんでなかなか起き上がらない、セットプレーに手間取るなどして時間稼ぎをする、などが「アンチフットボール」的行為としてあげられている。

 要するに、勝つことを何よりも優先し、観客を楽しませることは二の次とするチームに対し、勝てなかったチームから苦々しく発せられるのが「アンチフットボール」という非難の言葉である。初めてこの言葉を掲出したのは、ゲイリー・アームストロングとリチャード・ジュリアノッティ著”Fear and Loathing in World Football”であるが、著者たちはアルゼンチンのサッカークラブ、エストゥディアンテス・ラ・プラタのスタイルが始まりだった、と断じている。

 英国人のサッカージャーナリストで、長くアルゼンチンに暮らして当地のサッカーと政治の関係を取材したジョナサン・ウィルソンも、”Angels with Dirty Faces”でアルゼンチンのアンチフットボールについて詳述している。1965年、降格の危機にあったエストゥディアンテスの監督に就任したオズバルド・スベルディアは、スーパーな選手がおらず、補強もむずかしいというチームをどうやって勝たせるかに知恵を絞った。

 彼がとった戦術は、個の力に頼らずチーム一丸となって戦うこと。聞こえはいいが、ファウルを恐れず激しくあたること、11人全員で守って攻撃はチャンスがあれば、という、当時の基準から見ても恐ろしくつまらないスタイルだった。

 勝つためには何でもやると決めたスベルディアは、レフェリーを講師として呼んで、どこまでならファウルを取らないか、オフサイドをとるのはどういう場合かを選手に教えるための講習会まで開いた。

 その結果編み出された「戦術」が、戦術的ファウルとオフサイド・トラップである。そのおかげかどうか、エストゥディアンテスは1967年リーグ優勝、68年にはコパ・リベルタドーレスで優勝して南米制覇を成し遂げた。そしてインターコンチネンタルカップではボビー・チャールトン率いるマンチェスター・ユナイテッドを1勝1分けで退けて、世界一にも輝いたのである。

●勝利のためなら暴力や侮辱も辞さない

 しかしスベルディアとエストゥディアンテスのサッカーは、国外からはもちろん国内からも「アンチフットボール」と非難を浴びた。

 相手を怪我させることも恐れないほど暴力的だったし、レフェリーの目をごまかしてファウルを重ね、戦意をくじくような侮辱を相手選手の耳元でささやき、露骨な時間稼ぎも平気だったからだ。

 マンチェスター・ユナイテッドと対戦したときには、ピンを仕込んで相手選手を刺したとことをのちに(半分自慢げに)告白した選手もいた。アンチフットボールは単につまらないスタイルという以上に、暴力的で危険な行為を意味していた。

 それでもアルゼンチンではアンチフットボールが容認されていたところがある、とジョナサン・ウィルソンはいう。

 1958年ワールドカップ、スウェーデン大会での惨敗の記憶が、アルゼンチンに長い間重くのしかかっていたからだ。アルゼンチンはグループリーグで北アイルランドには勝ったものの、西ドイツとチェコソロバキアに負けてグループリーグを最下位で敗退した。特にチェコソロバキアには6-1で惨敗を喫し、試合が行われたヘルシンボリはアルゼンチンにとって魔の地となった。

 体格と技術でまさる欧州の選手にどうすれば勝てるか? 個の力ではなくチーム全員で守備的に戦うこと、という答えは今も変わらないだろう。

 だがサッカーが政治と強く結びついているアルゼンチンでは、代表チームの成績が政権への支持に大きな影響を及ぼす。代表チームと監督には政府からの圧力がかかるから、勝つためにあらゆる手段をとらねばならない。その結果がアンチフットボールだったのだ。

●負けないサッカーvs見ていて、やっていて楽しいサッカー

 だが、サッカーがビジネスとしてグローバルに展開され、ワールドカップなどビッグタイトルが大きなビジネスに結びつくようになると、アンチフットボールは半世紀前とは違う方向に進んでいった。

 テレビ放映が普及してからは、さすがに犯罪まがいの暴力やあからさまなファウルは許されなくなったものの、勝利第一主義のせいで内容が乏しいという意味でのアンチフットボールが増えていった。

「EURO2016ポルトガルの‘アンチフットボール’度はどれくらいか?」というgoal.comの記事には、歴代の「アンチフットボール」チームがあげられている。

 まずは1990年ワールドカップ、イタリア大会のアルゼンチン代表。決勝までの全7試合であげたのは5ゴールのみ、決勝トーナメントではブラジルに1-0で勝利したものの、ユーゴスラビアとイタリアはPK戦でかろうじて退け、決勝では西ドイツに1-0で敗れたものの、85分までゴールを許さなかった。

 1992-1995年のアーセナルも、ジョージ・グラハム監督がよく言えば規律を重んじる守備的な手堅いサッカーを徹底し、好成績を残したものの、つまらない、アンチフットボールだ、と選手側からも非難された。

 メッシが「アンチフットボール」とあからさまに非難したのは、2007年チャンピオンズリーグで対戦したレンジャースだった。(ザ・ガーディアン 2007年10月25日付)スコアレスドローに終わった試合後、メッシは怒りをにじませてこうコメントした。

「信じられない。レンジャースはサッカーをやりたがっていなかった。キックオフ直後から、彼らはアンチフットボールに徹していた。(中略)我々は疲れたが、彼らだって勝つつもりがない試合をやるのはおもしろくなかっただろう。だからペースが落ちるのは避けられなかった」

 こうやって見てくると、サッカーがグローバルビジネスになってからアンチフットボールと非難される理由は、1)守備的に戦うゆえに得点が(極端に)少ない、2)最初から引き分けを狙って勝利を捨ててかかる、3)創造性や娯楽性に乏しい、という要素がアンチフットボールという非難につながるようだ。

 見ていて、やっていて楽しいサッカーか、それとも負けないことに徹するか。ファンの答えはきっと「楽しいサッカーが見たい」になるだろうが、タイトルや降格がかかった監督や選手にとっては、アンチフットボールを選択するか否かは悩ましいところだろう。

(文:実川元子)

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