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「理想の夫婦」が熟年離婚に陥る理由

7/12(水) 10:00配信

PHPファミリー

真面目でいい人が熟年離婚に陥る理由

ある熟年離婚をした二人である。二人とも善人であった。二人とも生真面目であった。二人とも社会的に非難されることは何もしていなかった。
夫のほうは典型的な会社人間であり、努力家であった。会社の仕事をサボるなどということはなく定年まで仕事熱心であった。
彼は夜遅くなると妻に寝ているように言っていた。それは妻への思いやりであった。妻が朝早く起きなければならないのに、自分を待っていては睡眠不足になり体に悪いと思ったからである。真面目な紳士で思いやりもあった。そして夜遅く帰ると妻を起こさないようにそっと自分のベッドに入った。やることなすこと皆妻への思いやりである。
しかしそれにもかかわらず奥さんは幸せではなかった。ご主人の思いやりは痛いほど分かりながらも、結婚生活に何か満ち足りないものを感じていた。
そしてお互いに思いやりながらも、なぜか相手といると息苦しかった。口実ができれば相手からすぐにも離れたかった。
二人は結婚生活への義務責任感が強かった。ご主人は外に女をつくって家に帰らない男と違って必ず家には帰ってきた。奥さんも外出がちで最後には不倫をするというような女ではなかった。
二人とも社会的には非の打ち所がないほど立派な人だったのである。
ただ自分の感情を表現できない、自分の感情を相手にぶつけられない、そんな二人であった。分かりやすくするために極端に言えば、ご主人は奥さんに対しても、初めて会った女性にも同じ態度であった。
初めて会った女性なら遠慮も必要だろう。言葉使いも気をつけるのが礼儀であろう。話題も当然適切な話題を選ばなければならない。いきなりセックスの話をすればそれこそセクハラになる。しかしこの熟年離婚をした夫婦は、セックスの話題がそのままセクハラになりかねない関係なのである。
もしこのご主人が品の悪い週刊誌の写真を見ているときにたまたま奥さんがそばを通っても、平気で見ていられる関係なら熟年離婚はなかったであろう。
まして「おい、この女いいだろー」などと平気で言え、奥さんが「またそんなもの見て、いい加減にしなさいよ」などと言いあえる関係なら熟年離婚はしなくて済んだに違いない。
熟年離婚ばかりではなく、真面目に努力しながらもなぜか人生がうまくいかない人が結構多い。問題を起こす子どもを育てた親がそうである。
相手に対していつも親切なのであるが、どうしても「親しい」関係ができない。皆真面目でいい人なのである。
だが皆自分を守ることが第一の関心である。
相手を理解し、相手を思いやるのではない。相手に評価してもらうための思いやりなのである。相手の幸せを願っての思いやりではない。
相手に気に入られよう、気に入られようと思っているうちにどこかおかしくなってしまったのである。立派な配偶者と思ってもらおうとして素直な感情を抑えているうちに、お互いに相手が不快な存在になってきてしまったのである。

【著者紹介】
加藤諦三(かとう・たいぞう)
1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学准研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、ハーヴァード大学ライシャウアー研究所准研究員、日本精神衛生学会顧問。さらに、ニッポン放送系ラジオ番組「テレフォン人生相談」のパーソナリティを半世紀近くつとめている。

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