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野宮真貴が語る「90年代・渋谷系・母として」 [FRaU]

7/12(水) 20:01配信

講談社 JOSEISHI.NET

精力的に音楽活動を行いながら、植物療法士としてオーガニック口紅などのヘルス&ビューティーのプロデュースをしたり、エッセイを執筆するなど、多方面で活躍中の元ピチカート・ファイヴのヴォーカリスト・野宮真貴さん。

最新アルバム『野宮真貴、ヴァカンス渋谷系を歌う。』にはじまり、’90年代渋谷系のこと、母、女としての生き方までを訊きました。

『野宮真貴、ヴァカンス渋谷系を歌う。~Wonderful Summer~』

――ずっと聴いていられるような、サマー・アンセムというか、夏のミックステープみたいなアルバムですよね。

「そうそう。カセットのね。昔よくボーイ・フレンドが作ってくれたような。

昔はサマー・アルバムというジャンルがあったんですけど、最近はなくなったのであえてそういうものを作れたら面白いかなと思って」

――野宮さんがプロデューサーの坂口修さんとタッグを組んでスタートした「渋谷系スタンダード化計画」も、5年目を迎えましたね。

「私、今年でデビュー36年になるんですけど、ソロでデビューしてポータブル・ロックというグループをやって、’90年にピチカート・ファイヴの3代目ヴォーカリストになって約10年間活動をして、その後に解散してソロになって、シアトリカルな舞台をやってみたりいろいろ試行錯誤していました。

それで、デビュー30周年のときにセルフカバー・アルバム

『30 ~Greatest Self Covers&More!!!~』を出しまして、ピチカートの曲が中心ではあるんですけど、久しぶりに自分が歌ってきた楽曲をセルフカバーして、改めて渋谷系の曲には名曲が多いなと思ったんです」

――時間を経て、渋谷系の良さを冷静に振り返ることができたと。

「そう、今歌っても全然古くないというか、名曲には風化しないすごさがあるんですよね。もう渋谷系の音楽をスタンダードナンバーとして歌ってもいい頃なんじゃないかと思ったんです。

それで、ピチカートやオリジナル・ラブ、フリッパーズ・ギターのような’90年代渋谷系を代表するアーティストだけじゃなく、バート・バカラックやロジャー・ニコルズといった私たちが影響を受けてリスペクトしているアーティストの名曲もひっくるめて、「野宮真貴、渋谷系を歌う。」という活動をしていこうと」

――カバーすることの楽しさを見出したのは、セルフカバーをしたタイミングだったんですか?

「10年間、小西康陽さんの曲だけを歌ってきたから、ソロになってから新しくいろんな方に曲を書いていただいて、自由にプロデュースしてもらうのもすごく楽しかったんですね。

でも、昔のシンガーって過去の名曲をカバーして、あたかも自分のオリジナルであるかのように歌い継いでいくでしょう。

そういうふうに、渋谷系をスタンダードナンバーとして歌っていくのも私の役目かもしれないと思って」

――スタンダード化計画は今後どう展開していくんですか?

「とりあえず、2020年の還暦まではやろうかなと(笑)。秋にリリースする次のアルバムは、「野宮真貴、ホリデイ渋谷系を歌う。」がテーマで、クリスマス、ニューイヤーまで聴けるようなものを考えています。

渋谷系やルーツとする曲を歌い継いでいく、というシンガーとしての役目があると思うと、まだまだいい曲はたくさんあるので、ずっと歌い続けられますね」

――“渋谷系” というタームに対しては、当時と今、どういう捉え方をしていますか?

「当時は他人事みたいに思ってました。そういうふうに呼ばれているらしいよ、くらいの。

でも、今はもうがっつり「渋谷系を歌う。」と表明してますから。実際 “渋谷系” と呼ばれる代表的なグループとして歌ってきたわけだけれど、意外とそれをずっと歌い続けている人って、いそうでいないから」



――渋谷系は音楽としての幅も広く、人によって捉え方が違いますよね。ルーツも多岐にわたっていますし。

「渋谷系の音楽を説明するのは難しいですよね。音楽のジャンルというよりは、シーンだったんじゃないかな。だから、カバー・アルバムには洋楽も邦楽も両方混ざっています。

最終的な目標は、古い曲だけじゃなくて新しい曲でも「野宮真貴が歌う」と渋谷系になること。

今の若いアーティストにも渋谷系を親伝手に聴いて育ったという方たちがたくさん出ているから、そういう意味でも世代を超えてつながっていけるんじゃないかと思ってます」

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