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【イースタン・DeNA】1998年10月8日、池袋東口で

7/13(木) 11:00配信

文春オンライン

※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2017」に届いた約100本の原稿のなかから出場権を獲得したコラムです。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】黒田 創(くろだ・そう) 横浜DeNAベイスターズ 43歳
 1974年横浜生まれ横須賀育ち。出版社、編集プロダクション、築地場外勤務など職を転々とした後に図鑑本『プロ野球ユニフォーム物語』の制作に携わる。05年にフリーライターとなり現在は雑誌『Tarzan』、『ベースボールマガジン』、各種ムックなどに執筆。小学3年生以来の大洋~ベイファン。遠藤一彦は永遠のアコガレ。好物はレコード、古本、アイドル。ツイッターIDは @kiwi_allergy

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「1点ビハインドのベイスターズですが2アウト満塁、バッターは八番の進藤。絶好の同点、逆転のチャンスを迎えています」

 池袋東口の繁華街、路駐したベンツの車内でカーラジオの音声を一瞬たりとも聞き逃すまいと耳をそばだてている。98年10月8日、僕は甲子園球場にも、横浜スタジアムにさえも行くことができなかった。

入社した出版社で待ち構えていた怒涛の日々

 98年7月、横浜の飲食店で働くフリーターの僕は上野にある小さな出版社に入社した。「男性向け情報誌の編集部員」「未経験者可」「学歴不問」。子供の頃から雑誌が好きだったとはいえ、業界で働くべく努力するでもなく、一浪で入った大学すら中退した24歳の若造には就職情報誌のページがかすかな光に見えた。「男性向け情報誌」が風俗誌を指すことは察しがついたが、風俗では結構遊んでいたから気にならない。その風俗がきっかけで5社から借りたサラ金も、就職すれば元金が少しずつ返せる。当時はフリーターでもサラ金でバンバン借りられた。

 面接で禁煙パイポをくわえた編集長は開口一番こう言った。「君、雑誌で裸になれる? 風俗誌の編集者は誌上体験ページの男優が必須だから」「何でもやります」。翌週、編集長から電話がかかってきた。「他にも何人か来たけどみんな裸は嫌って言うんだよ。脱げるの君だけだったから採用ね」。その日、ベイは壮絶な打ち合いの末7点差をひっくり返して巨人に13対12でサヨナラ勝ち。権藤監督が「物の怪に取り憑かれたよう」と語った試合は僕の門出に相応しいと勝手に解釈した。

 怒涛の日々が始まった。歌舞伎町のヘルスでお客さん役で風俗嬢と絡み、大げさに射精ポーズを決めてカメラに向かいVサイン。編集部に戻ったら一晩中大量の写真のポジを切り、下手なりに彼女たちの紹介キャプションをひたすら書いた。

 編集部員は6人。編集長の舎弟的存在のシライシさんは一日中運転手に駆り出されるから実質5人だ。この人数で毎月何十軒も取材し、すべての原稿を書いていた。もちろん首位を走るベイのことは気になる。でもある日ヘッドホンでラジオを聴きながら原稿を書いていたら、野球に興味がない隣のハセガワさんから「お前がラジオ聴きながら仕事するとか百年早えんだよタコ!」とぶっ叩かれた。その日以来、ハセガワさんがいない時だけラジオを聴きながら仕事した。編集部にパソコンはなく、携帯のiモードも登場する前だった。ただ、スポーツ紙は連日ベイが一面だったからキオスクを覗くのが楽しかった。

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最終更新:7/13(木) 11:12
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