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引き金は前任者の転職? キリン社長直撃した「不買運動」、命の危機さえ感じる

7/13(木) 12:12配信

NIKKEI STYLE

■キリンビールの不買運動に遭遇。人生最大のピンチを迎える

 キリンビールの布施孝之社長の「仕事人秘録」。第7回は不買運動に翻弄された、部長になりたてのころを振り返ります。
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 2000年になった頃だったと思います。突然、窮地に追い込まれる事件が起きました。東京支社の営業推進部の課長の時でした。

 きっかけは私のすぐ上の部長が役職定年で会社を辞めたことに始まります。まだ57歳でしたので「第2の人生を」と再就職したのですが、その行き先が良くなかった。大手の酒販店だったのです。

 もちろん部長に何の悪気もありません。ただ、その酒販店は当時、ものすごい勢いでチェーン店舗を拡大させている有名な酒販店でした。

 この大手酒販店はこれまでの常識を180度変える斬新なビジネスモデルを打ち出していました。街の酒屋さんの得意先がこの大手酒販店にどんどん奪われていきました。

 タイミングが悪いことに、この大手酒販店にキリンの酒屋担当の元部長が転職したのです。「キリンは俺たちの敵に肩入れするのか」と大問題になりました。キリン商品の不買運動にまで発展、居酒屋やレストランなどにもキリンではなくアサヒビールやサッポロビールなど他社のビールをメーンで取り扱うよう働きかける酒屋も出てきたのでした。

■再就職をした部長の後任になったのが布施氏だった。つらい毎日が続く

 大手酒販店に転職した部長の後任はそのすぐ下にいた課長の私になりました。酒屋さんの憤りは私に集中します。電車のホームではできるだけ線路から離れるよう気をつけました。「後ろから誰かに突き飛ばされるのではないか」。本気でそう思いました。

 どの店を訪ねても門前払いでした。「お前はあの酒販店のスパイか」と言われたり、お店の黒板に「キリン不買!」と大きな字で書かれたり。仕事になりませんでした。

 全く収拾がつかず当時、社長だった荒蒔康一郎さんにも応援を頼みました。一緒に得意先を回ってもらったのですが、根本的な解決にはなりません。荒蒔さんも「布施、こりゃあ、大変なことになっているなあ」と驚き「今は我慢の時だぞ」というのが精いっぱいの様子でした。

 最も大変なのは私の部下たちでした。希望を失いかけている現場の営業担当者らを少しでも元気づけようと、メンバーに手紙を書きました。なかにはその手紙を縮小コピーして手帳に挟み「つらくなると取り出して読む」と言ってくれる部下もいました。

 そんな時、本社から出てきたのが「新キリン宣言」です。01年11月のことでした。無理な販売をやめ、顧客本位、品質本位を徹底するという趣旨で、すなわち首位陥落を受け入れることでもありました。これを聞いた私は「まだやれる。なぜ、本社は現場の頑張りを分かってくれないのか」と怒りでいっぱいになりました。しかし、社長になった今は違います。なぜあの時、荒蒔さんがあの決断をしたのか痛いほど分かります。
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[日経産業新聞2016年8月2日付の記事を一部再構成]

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最終更新:7/13(木) 12:12
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