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勢いづく「メルクロン」vs 落ち目のメイ イギリスはEUを離脱できないかもしれない - 木村正人 欧州インサイドReport

7/13(木) 14:31配信

ニューズウィーク日本版

[ロンドン発]3月のオランダ総選挙、5月のフランス大統領選、6月のイギリス総選挙を経て、欧州の風景は一変した。9月のドイツ総選挙を待つまでもなく、欧州連合(EU)は純化の方向で動いていくのは間違いない。イギリスではハードブレグジット(単一市場と関税同盟からも離脱)路線を掲げていた首相テリーザ・メイがずっこけ、「本当にEUから離脱できるの?」という声まで上がり始めた。

独与党の支持率は急回復

欧州の政治は、指導者のパーソナリティーに大きく左右される。まず、ドイツの首相アンゲラ・メルケル、フランスの大統領エマニュエル・マクロン、そしてメイの順にそれぞれが置かれている状況を見てみよう。

【メルケル】7月7~8日ハンブルクで開かれた20カ国・地域(G 20)首脳会議(サミット)は、搾取、社会不安、格差、そして戦争と環境破壊に抗議する反グローバル主義者たちが暴徒化し、大荒れとなった。

保護主義を唱え、温暖化対策を進めるパリ協定からも離脱するアメリカの大統領ドナルド・トランプとの相性は最悪だ。「G19+1」と表現されるほど、アメリカの孤立は鮮明になった。

【参考記事】「トランプこそ西側の脅威」--豪記者の辛辣リポートが共感呼ぶ
【参考記事】G20で孤立したのはトランプだけでなくアメリカ全体

ハンブルク首脳宣言には、トランプの意向を無視できず「正当な貿易防衛制度の役割を認識する」と書き込まれ、パリ協定をめぐっては分裂、「戦略核保有国」に突き進む北朝鮮の核・ミサイル開発に対する非難は盛り込まれなかった。アメリカと、EU、中国・ロシアの思惑は完全に対立し、G20は機能不全を露呈した。

ホスト国としてメルケルは落第点だが、マイクロソフト創業者ビル・ゲイツは「トランプ政権の保護主義は大きな問題」「アフリカ支援におけるメルケルのリーダーシップは尊敬に値する」とトランプをこき下ろし、メルケルを持ち上げた。グローバル企業にとって今やメルケルは自由貿易と温暖化対策の砦だ。

ドイツ国内では難民の流入にブレーキがかかり、アメリカにおもねらずEUを軸に独自路線を打ち出したことから、メルケルの支持基盤であるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の支持率は急回復、最大野党・社会民主党(SPD)を再び大きく引き離している。「政界一寸先は闇」とは言うものの、9月の総選挙でメルケルが4選を果たすのは確実な情勢だ。

【マクロン】5月の大統領選に続いて、6月の国民議会(下院)選でも完勝。マクロンを支持する新党「共和国前進」と中道「民主運動」が定数577のうち6割の350議席を占めた。しかし不動産や架空雇用をめぐる疑惑でいきなり法相、国防相など閣僚4人が辞任した。



マクロンは一貫してEU統合を主張。経済・財政政策をめぐっては同床異夢のメルケルとの蜜月を演出。EUを危機から救った「メルクロン」と称賛され、首脳外交ではトランプやロシア大統領ウラジミール・プーチンと互角に渡り合った。

フランス国内では盤石の政権基盤を背景に、ICT(情報通信技術)による経済のデジタル化戦略、2025年までに原発17基を廃止して現在75%に達している電力の原発依存度を50%に引き下げ、40年までにガソリン車・ディーゼル車の全廃などの政策を矢継ぎ早に打ち上げた。

ついているときには追い風も吹く。9月の国際オリンピック委員会(IOC)総会で最終決定されるが、「2024年パリ五輪」がいよいよ有力になってきた。

メルクロンは完全に「アゲアゲ」だ。一方、「驕る平家は久しからず」「明智光秀の三日天下(治世が短いという意味)」を見事なほど同時に実現してしまったメイは「サゲサゲ」が止まらない。

【メイ】EU離脱をいいことに「負担の拡大」政策をマニフェスト(政権公約)に盛り込み、6月の総選挙でよもやの過半数割れ。北アイルランドの地域政党・民主統一党(DUP)から閣外協力を取り付けるため地域振興策として10億ポンドの支出を約束し、「有権者には緊縮策を強いているのに自分は大盤振る舞い」と批判された。80人以上の犠牲者を出した高層住宅グレンフェル・タワー火災では現場視察で低所得者層の被災者を素通りし、集中砲火を浴びた。

EU側はメイ政権下でのハードブレグジットを想定してイギリス抜きの青写真を描いており、EUの要求をのむか、のまないかだという強硬姿勢を見せる。DUPの閣外協力が崩壊すれば、その時点でイギリスは解散・総選挙となる。直近の世論調査では最大野党・労働党が最大8%ポイントもリードしており、鉄道の再国有化を唱える強硬左派ジェレミー・コービンが次期首相になるかもしれない。

メイと他のEU加盟国首脳は戦火こそ交えていないが、事実上の「戦争状態」と言って良い。メルケルにも、マクロンにも、窮地のメイに助け舟を出すつもりは毛頭ない。「メルクロン」の目から見ればメイは「EUのマリーヌ・ルペン」に他ならないからだ。

コービン労働党はマニフェストで人の自由移動は受け入れられないとEU離脱を鮮明にしたが、単一市場へのアクセスはできるだけ残したいという願望を記している。しかしソフトブレグジット派のコービンが首相になっても、EUの純化を進める「メルクロン」が態度を軟化させる姿は想像できない。

イギリスのインフレ率は2.7%まで上昇したのに対して、国内総生産(GDP)成長率は急減速している。元民間企業・技術革新・技能相ビンス・ケーブル(自由民主党)は「イギリスのEU離脱は起こりようがないのかもしれないと考え始めるようになった」と首を振った。

木村正人

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