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阪神・淡路大震災の影響で「Windows95」が「Windows96」になっていたかもしれなかった本当の話

7/13(木) 16:00配信

週刊SPA!

 パソコン黎明期の80年代――。国民機と称えられた「PC-9801」で圧倒的なシェアを確立し、その後、日本のパソコン業界をリードしてきたのがNEC。その誇りを胸に、今も世界初、世界一のパソコンをつくり続ける。

⇒【写真】「PC-8801」他、NECのパソコンの歴史

 日本の家庭にパソコンがまだ一家に1台すらなかった時代。ひときわ光彩を放ったのが、PC-9800シリーズだ。98シリーズは、全盛期に国内で90%を超えていたと言われるNECの圧倒的シェアに貢献。初めて購入したパソコンは98シリーズだった、という諸兄も多いだろう。そんなNECのパソコンの歴史は、98シリーズが登場する少し前の1979年に遡る。

「この年、弊社初の本格的なパソコンが登場しました。それが『PC-8001』です。当時はこの機種をもって、パソコン時代の幕開けであるという評価をいただきました」とは、NECパーソナルコンピュータの鈴木正義氏。

●鈴木正義氏……NECパーソナルコンピュータ広報専任部長。80~90年代に活躍したOBとも親交が厚く、当時の事情にも明るい

「PC-8001」を開発したのは、コンピュータ専門のチームではなく電子デバイス、いわゆる半導体チップを売るチームだった。

「当時は半導体チップを売るにあたって、使い方を提案する必要がありました。そんななか、海外でプロセッサが飛ぶように売れているという話を聞き、調べてみるとプロセッサを使ってパソコンというものをつくっていることが判明。そこでうちでも本格的にパソコンを開発することになり、電子デバイスのチームが電子デバイスを売る延長線上で、パソコンを作り始めたのです」

 こうしてPC-8000シリーズやPC-8800シリーズが誕生。世の中はパソコンの時代に向かい、さらに発展していく。

 そんなとき、NECでは次世代の16ビットパソコンを開発するにあたって、一つの議論が巻き起こった。このまま電子デバイスチームが担当するのか。それとも情報処理グループに切り替えるのか。そこで当時、NECの副社長、大内淳義氏は、大きな決断を下す。

「大内は電子デバイスチームの出身でしたが、身内のチームが抱えていたパソコン事業を専門のチームがやるべきだと決断しました。そして、パソコン事業は情報処理のチームに引き継がれたのです」

 開発チームの交代劇を経て、1982年に国民的人気シリーズの初代機「PC-9801」が誕生した。この98シリーズは、なぜ多くのユーザーに受け入れられたのか。鈴木氏は成功の秘訣を、「コンピュータは互換性と拡張性がとても重要だった」と分析する。

「特に互換性を持たせることに力を入れました。というのも、当時弊社のパソコンは、8000、8800、6000という3つのシリーズがあり、それぞれ互換性がありませんでした。このままではユーザーやサードパーティに支持されないと考え、98シリーズは初代のマシンから最後のマシンまで、同じソフトが使えるように互換性を持たせたのです」

 この優れた互換性により、98シリーズ、ソフトウェアを開発するサードパーティ、消費者のエコシステムが構築された。また、ジャストシステム社のワープロソフト「一太郎」が大ヒットし、98シリーズの人気は不動のものになる。

◆PC-9800からWindowsの時代へ

 90年代になると、マイクロソフトが開発したOS「Windows」がパソコン市場でシェアをさらに拡大させていった。そこで、これまでどおり98シリーズの開発を続けるのか、それとも、Windowsに鞍替えするのか。NECは、新たな決断を迫られる。

「Windowsがこのまま覇権を握ることは予想できていました。みなさまがご存じのとおり、最終的にはWindows向けのパソコンを開発していくことになりますが、当時はどのタイミングで切り替えるのかが問題でした」

 そして1995年秋に「Windows95」が発売。世界的な大ヒットを記録し、パソコンブームが到来したことは記憶に新しい。

「当時は、NEC専用のWindows95を開発するために、弊社のエンジニアがマイクロソフトに常駐していました。また、Windows95特需に対応すべく、工場近くのアパートを借り切って本社の社員を派遣し、昼夜交代のフル操業で生産していたそうです」

 当時のマイクロソフトにとって、NECがいかに大事なパートナーだったかを窺い知るエピソードもある。

「1995年に阪神・淡路大震災が発生したとき、弊社のソフトウェアの開発チームは、神戸で操業していました。幸いにも、震災の影響はあまり受けなかったのですが、報せを受けたマイクロソフトから、『震災の影響で1995年に出せないのであれば、Windows95のリリースを1年ずらしてもいい』と提案があったそうです。神戸の工場が大ダメージを受けていたら、『Windows96』になっていたかもしれません」

◆信頼性を保ちながらもチャレンジする精神は忘れない

 NECは、デスクトップだけではなく、ノートパソコンの開発にも積極的に取り組んできた。

「世界初のノートパソコンの称号は、東芝さんに譲りましたが、その悔しさをバネに開発に取り組みました。そして1991年、TFTカラー液晶ディスプレイを搭載した世界初のカラーノートパソコン『PC-9801 NC』を発売することができました」

 世界初、世界一への飽くなきこだわりは、現在も受け継がれている。2012年に登場のノートパソコン「LAVIE Hybrid ZERO」の第1世代は、約875gという驚愕の軽さを実現。2017年春モデルの「H Z350」では、約769gとさらなる軽量化を果たしている。

「開発がスタートした2011年当時、13インチのノートパソコンの重量は、約1kgが一般的でした。そこで1kgを切るだけではインパクトが弱いと思い、900g以下を目指して開発がスタートしました」

 開発当初は、強度などの安全性のマージンを確保しながら最終的な重さをシミュレーションしていたが、この方法だと約980gにするのが限界だった。そこで、軽さを最優先に考えたうえで、安全性のマージンを高める開発方法を選択。度重なる失敗を繰り返して、軽さと強度の両立に成功したのだ。

「本製品は、アルミニウム合金やマグネシウム合金よりも比重が軽く、同等の強度を誇るマグネシウムリチウム合金を、パソコンの筐体としては世界で初採用しています。このマグネシウムリチウム合金は簡単につくれません。高い技術力を持つ6社の協力を得て、商品化にこぎ着けました」

 HZ350はパソコンを持ち歩くサラリーマンの強い味方だが、デスクトップなら「LAVIE Desk All-in-One DA970/GAB」がオススメだ。

「これ一台でパソコン、テレビ、レコーダー、ブルーレイプレイヤーとして使えますし、趣味の写真や動画の整理、観賞に最適です」

 NECは、パソコンは生活を豊かに、便利にしていくツールだと考えて開発を続けてきた。その思想の一端に、ぜひ触れてほしい。

<LAVIE Hybrid ZERO HZ350/GAB>

●NEC Direct価格:12万4800円(税別)~●NEC Directなどで販売中●OS:Windows 10 Home●ディスプレイ:13.3型ワイド フルHD●CPU:第7世代Corei3-7100U●メモリ:4GB●SSD/内蔵フラッシュメモリ:SSD約128GB●質量:約769g●バッテリ駆動時間:約6.5時間

<LAVIE Desk All-in-One DA970/GAB>

●NEC Direct価格:20万2800円(税別)~●NEC Directなどで販売中●OS:Windows 10 Home●ディスプレイ:23.8型ワイド Ultra HD 4KスーパーシャインビューIPS●CPU:第7世代Corei7-7500U●メモリ:8GB(最大32GB)●ハードディスク:約4TB●質量:約8.7kg

取材・文/黒田知道 撮影/林紘輝(本誌)写真/NECパーソナルコンピュータ

日刊SPA!

最終更新:7/13(木) 22:30
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