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【木村和久連載】「ギョーカイ」の人たちにゴルフが愛されるわけ

7/14(金) 7:40配信

webスポルティーバ

専門誌では読めない雑学コラム
木村和久の「お気楽ゴルフ」連載●第113回

 俗に「ギョーカイ関係」と言われている方々、芸能界、スポーツ界、映像・出版関係などのメディアの人々は、ゴルフが大好きですよね。

【写真】こちらの美女ゴルファーも爆発的人気

 なぜ、そうした傾向にあるのか。その理由を少し探ってみたいと思います。

 戦後のゴルフ大衆化は、1957年に霞ヶ関カンツリー倶楽部(埼玉県)で開催されたカナダカップ(ワールドカップの前身)で、日本代表の中村寅吉選手が個人と団体で優勝したことがきっかけ。そこから、ブームとなります。

 なにしろ、優勝パレードはオープンカーに乗って行なわれたと聞いていますし、当時としてはかなりのビッグニュースだった思われます。今で言ったら、中学生棋士の藤井聡太プロの連勝記録更新ぐらいのインパクトがあったのではないでしょうか。

 大柄な外国人選手たち(アメリカのサム・スニードや、南アフリカのゲーリー・プレーヤーなど)を、小柄な日本人選手がやり込める。プロレスにも似た爽快感が日本列島を駆け巡ったわけですから。

 以降、1960年代後半から70年代にかけて『和製ビッグ3(河野高明、杉本英世、安田春雄)』の活躍、そして『AON(青木功、尾崎将司、中嶋常幸)』の隆盛があって、ゴルフは爆発的なブームとなっていきます。

 しかし戦後の大衆スポーツで、最初に広く行なわれたのは、野球です。当時、ゴルフはまだ高嶺の花だったんですね。ゆえに、芸能界のレクリエーションも野球がメインでした。地方公演を行なっていた歌手は、よく昼間にスタッフや後援会の人を集めて野球をやっていました。

 今から40年以上前、我が故郷、宮城県石巻市に北島三郎さんがやって来ました。リサイタルに行けない木村家は、その昼間、母校の湊中学校で北島三郎さんが野球をすると聞いて、それを見に行きました。甥っ子が北島三郎さんに握手をしてもらって、大感激していたのを今でも覚えています。

 さらに1970年代、私が予備校に通っていた頃、仙台の公園脇のグラウンドでは英国の人気歌手オリビア・ニュートン=ジョンがソフトボールをやっていました。コンサート前のレクリエーションだったのでしょうが、オリビア・ニュートン=ジョンをひと目見ようと、周囲は黒山の人だかりでした。

 プレー後は、若者がオリビア・ニュートン=ジョンの後を追いかけた? いや、違うんですよ。なぜか、彼女がさっきまでプレーをしていたグラウンドのホームベース付近に人々が殺到したのです。

 何をしているのかと思ったら、金髪が落ちていないか、誰もが目を皿のようにして探していたそうです。冗談みたいな、本当の話です。やっぱり、日本人は金髪娘にコンプレックスがあるんですなぁ~。

 どうでもいいネタはこのぐらいにして、肝心のゴルフのお話をしましょう。かつて”ギョーカイ”の方々、特に音楽関係者はこうして野球を楽しんでいたわけですが、しばらくするとゴルフへと移行。そのブームがやってきます。

 どうして、ゴルフに代わったのか。”ギョーカイ”関係者の収入も上がってゴルフをやる人が増えたこともありますが、一番は野球をやるとなると、結構な人数を集めなければいけないということで、面倒くさくなったのです。

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