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「商圏は自分たちで作れる」都電沿線から生まれる新しい地域活性化

7/14(金) 11:22配信

Wedge

 東京・早稲田で食料品店を営む安井浩和さんは、商店主だけではなく早稲田のまちづくりに関わるさまざまな顔をもつ。そのひとつが都電荒川線・早稲田駅の周辺と新目白通りに連なる「早稲田大隈商店会」の役員という立場だ。

 「シャッター通り商店街」という言葉が示す通り、地方であろうが大都市圏であろうが商店街の置かれた状況は厳しい。スーパーやショッピングセンターに顧客が流れるだけでなく、ネット通販の拡大で交通事情に左右されない「見えない商圏」が地域の上に覆いかぶさっている。

 地域再生の象徴として、全国の商店街に投じられる振興予算は小さくない。ある商店街では、店主たちの写真にユニークなキャッチコピーを付けたPRポスターが全国的に話題になったこともあったが、どれだけ話題になったところで各地から商店街に客が押し寄せるわけではない。あくまでも徒歩や自転車で来られる範囲が商店街にとっての「商圏」であり、補助金付きのイメージ戦略やブランディングでそれを拡大することは難しいだろう。

 ところが安井さんはいたって明るい口調で、「商圏は自分たちで作れる」と言い切る。その自信はどこから来るのだろうか――。

「この街みんなであんたのオムツを替えたんだ」

 安井さんが営む「こだわり商店」は、安井さん自らが各地を巡って味わったものだけを並べる、約15坪ほどの食料品店だ。地方のスーパーや道の駅で数万円分も買い、あぜんとした店長からあれやこれやと情報を聞き出す。おいしいと思ったものがあればすぐに電話し、生産者に会いに行く。

 たとえば、前々から仕入れたいと思っていた和歌山県のクラフトビール醸造元がイベントで東京に来ると知ると、SNSから「20分だけでも時間をください!」とメッセージを送り、会場の外で「出待ち」をする。出てきた生産者をつかまえそのまま酒場に連れ込み、どんな売り方をするか、どんな風にお客さんを巻き込むかと、構想を熱く語る。

 「べつにそこまでやらなくても卸すよ?」とどの生産者も言ってくれますけど、だってそうまでして売っているってことを知ってもらえば、「このビールはラベルが少し曲がっているから安井の店じゃないところに卸すか」となるでしょ(笑)。「いやらしいなー、お前は」って言われますけど、それだけで味は変わると思うんですよ。

 選んだ商品を売るだけ、一番おいしい商品を売るだけなら、チェーンの高級スーパーと何にも変わらない。イベントで集客して、売れなければほかの商品と入れ替える、それだけです。それは大手がやればいいし、まちにそんな店はいらないでしょう。

 「こだわり商店」と名乗っておいてあれだけど、商売の軸は「こだわり」でなくて「好き」なんですよね。作っている人のことが好きなら、そう簡単に商品を下げるわけにはいかない。たとえば「こちらで売っている豆腐よりももっとおいしくて、値段も変わらず、仕入れロットも大きくない豆腐があります」といった営業はよく受けますけど、仕入れることはないです。でも、営業さんからもらった豆腐は、いま仕入れている生産者にも送ります。それでプライドを傷つけられたという人とは付き合いません。一緒にもっとおいしくしようと言ってくれる人でないと付き合いは続かないんですよね。

 商品は育てていくものだということを、小売りも消費者も忘れてしまっている気がします。「昨日のあれ、いつもよりおいしくなかったわよ、と言える距離感ではなくなっているんですよね。その距離感を縮めることに力を注いでいますね。お客さんからのフィードバックがどんどん伝わるような仕組みも、いま構想中です。

 実際、店頭に立ち並ぶポップの情報は量、密度ともに圧倒的だ。しかし、情報を伝えるのはポップやラベルだけではない。その人懐っこいキャラクターから繰り広げられるトークこそが、「こだわり商店」が誇る最大の情報端末なのだ。取材中もほとんどの客が安井さんに話しかけ、店主もそれに気さくに応じる。生産者の個性からおいしい食べ方まで、トークの情報密度はきわめて高く、商品よりもそれを目当てに来ている人も少なくなさそうだ。

 Amazon Go(米アマゾン社が開店を計画しているレジのない食料品スーパー。専用アプリを入れたスマートフォンを入口でかざし入店、あとは好きな商品を持ち帰ればアマゾンのアカウントに自動で課金される)のような売り方って、必然的にやってくると思うんですよ。リピート購入を促進する巨大な仕組みがあちこちにあるなかで、店長のキャラクターがお客さんに鮮明に焼き付かないと、小売りはやっていけない。

 最近、NHKの番組でうちの店が紹介されたんですけど、テレビを見て来る人は、普通は一回しか来ない。でも放送から3週間以上経っても売上が落ちていないから、リピーターになってくれたんでしょうね。千葉の松戸から週2回来てくれるお客さんまでいるんですけど、電車や都電を乗り換えて50分以上かけて通ってくれるなんて、普通はありえないですよね。良い商品というだけのマグネットだけじゃなく、こんな体型でこんなキャラの店長としゃべりたいとか、いくつものマグネットがないとお客さんは吸い寄せられてきてはくれません。

 安井さんがこだわり商店を開店したのは2009年10月のこと。同年3月には、父から引き継いだ直営3店舗、テナント8店舗のスーパーを閉店させた。祖父が総合食肉問屋として開業し、店を引き継いだ父の安井潤一郎氏がスーパーマーケットへと展開していった「稲毛屋」が、こだわり商店の前身だ。父が社長でその弟が専務、その弟が常務で妹が経理という親族経営で、安井さんはいとこたちと共に3歳の頃から店頭に立ち、小学3年生のときにはタイムカードを渡され、小遣いは時給制となった。安さが売りで、30数坪の店ながら年商は7億円、「あまり利益は出ていなかった」と言うが、坪効率では関東地方のスーパーで1位になったこともあるという。

 12月30日の朝、子どもたちに「この山を全部売れ。全部売ったらお年玉をアップしてやる」なんて言うんです。子どもの側も必死なので、どうやったら売れるかを考える。入口で「いらっしゃいませ」なんてやってもダメで、出口のあたりでいかにも寒そうに震えながら小さな声で売るんです。「かわいそうに。お父さんにやめさせるように言ってあげる」「……言わなくていいです。買ってください」なんて(笑)。子どもたちだけで25万円分売ったりしていましたから、えげつない。

 大学生のときは講義にも出ず、1日20時間は働くほど仕事が好きだったという。時給制では給料が高くつくからと、じきに正社員になる。売り場を仕切り、企画を考え……と没頭しているうちに、古くからいた従業員たちは減っていく。彼らの仕事を奪っていたのだ。気がつけば、安井さんとパートだけで回る店になっていた。

 その頃、父の潤一郎氏は早稲田大隈商店会の会長となり、早稲田大学周辺に7つある商店会と古書店街からなる「早稲田大学周辺商店連合会(通称W商連)」と早稲田大学、自治体や企業を巻き込んでのイベント企画を成功させていく。そこにスタッフとして関わっていたのが当時早大生だった乙武洋匡さん、さらに乙武さんの姿に触発されて飛び込んで来た高校一年生が、現在のエリア・イノベーション・アライアンス代表理事、木下斉さんだ。木下さんの「補助金を使わないまちづくり」の原点が早稲田大隈商店会での活動にあることは、著書『稼ぐまちが地方を変える』(NHK出版新書)でも詳しく語られている。

 早稲田大隈商店会の活動は内閣総理大臣賞を受賞するなど全国に知られることとなり、潤一郎氏は年間250本以上の講演活動を行い、日本中を飛び回る。講演先からもらったお土産品が自宅の一室を占拠していたという。

 ある日福島県に行って戻ってきたらお米が30キロ、精米された状態で届いたんだけど、うちの家族じゃ食べきれない。「どうすんの?」と聞いたら「売っちゃえ」と言うんです。いや、ダメだろ、と言ったんだけど「普通に売ったらダメに決まってるだろ。頭を使え、丁寧に売ってみろ」と。たぶん適当に言ってただけなんですけど(笑)。

 当時自分の店で売れていたのは、複数地域のコシヒカリをブレンドした、5キロの1,480円のお米。ためしに炊いて食べ比べてみた。

 とんでもなくうまい。悪いけど、うちで売ってた米にはもう戻れない、と思うほど違う。なんでこんなにうまいんだろうと思って生産者に電話したら、どういう思いで何にこだわって作っているのかがわかった。それをポップに書いて1キロ1,000円で売ったらあっという間に売れたんです。そのことを親父がブログに書いたら、今度は佐渡の生産者から電話が来て、「今年の献上米はうちなので、ぜひ売ってほしい」と。こういう動きは生産者も見ているんだな、とわかったんです。

 現在の安井さんの「こだわり」の原点はこの体験にあるという。

 丁寧に売ることが楽しくてしょうがなくなった。デカいポップつけて山積みにして安売りしているときは、量しか見ていない。でも商品に気持ちが入って、お客さんに届くとまったく違う反響がある。これは面白いな、と。

 それで実際に食べてみて、自分がおいしいと思うものに力を入れてみたんです。たとえばスーパーや流通では食品を売れ行きで分類する「ABC分析」というのをやっているんですけど、あまり売れないC判定のものはよほどの大規模スーパーにしかない。でも片っ端から仕入れてみて食べると、ちょっと光るものがあったりするんです。

 問屋に聞くと「売れないから50円でいいよ」と言うから、カップラーメンとかヨーグルトを仕入れて「店長おすすめ」として売ってみた。そんなには売れない。売れないんだけど何人かのお客さんがリピーターになって買い続けてくれる。

 でも翌月仕入れようとすると「在庫がなくなったので終売です」と言われてしまうんですね。関東で一番売ったのに、と思っていても、メーカーや問屋側からすると「関東で一番売れないものを売った」にすぎない。小売りやリピーターの思いをどうやってフィードバックすればいいのか、どうすれば生産者と消費者の距離が縮まるのかって考えたのはここからでしたね。

 さらに安井さんに転機が訪れる。潤一郎氏がいわゆる「小泉チルドレン」として衆議院議員に立候補し当選してしまったのだ。テナント含めて11店舗のスーパーを継承するかどうか、選択を迫られることになった。

 お店も老朽化してたし、「エブリデーロープライス」なんて言葉まで輸入されてスーパーの利益率は20%を切る時代でした。でも生協やパルシステムみたいな別のシステムは大きく伸びていた時期で、値段とは違うものを求められていることは明らかなのに、「タイムセールをやれ」「店を掃除しろ」みたいな話しか出てこない。いとこもほかの仕事をしていたし、俺ももっと生産者と直でやりたくなっていた。

 3歳から店頭に立った店の全店舗を、安井さんは閉店させることにした。今まで「おぼっちゃん」「若旦那」と呼んでいた取引先は、みな厳しい言葉で売掛金の回収に押し寄せた。

 うちが廃業すれば連鎖倒産しかねないから、当然のことなんです。仕入れで渡した小切手に「裏判を押せ」と言われました。そうすればすぐに銀行で換金できるから。でもそれをやられると倒産するから、土地や建物を売って払うから待ってくださいと一軒ずつ説得しました。話をつけたタイミングでメインの取引先が「明日までに400万円振り込め」と言ってくる。ようやくみんなを説得して算段をつけた話が全部引っくりかえってしまう。そんなことばかりで誰の言葉も耳に入らないし、かなり追いつめられていた。自分のことばかりで家族のことなんて気にする余裕もなかった。

 振込をしたその足で安井さんは、自殺を決意して高いビルに向かっていた。そのとき、奥さんから携帯メールが届く。

 「あなたは幸せですか? 私は幸せです。あなたも同じ気持ちなら嬉しいです」と書いてあったんです。この苦しみは誰にも理解できないと思っていたのに、一番近くにいる人が全部見ていた。それに気づいてから、人生の優先順位が変わったんです。家族のために生きる。それでもう一度計画を見直して、全部きれいに事業清算できたんです。

 大学の夏休みと冬休みには人がいなくなる早稲田の街に見切りをつけて、中野や吉祥寺、杉並あたりで新しい店を開こうとしていた安井さんを、強く引き止めた言葉もあった。

 小さい頃からお世話になっていた近所のおばあちゃんに、「やめちゃうのか。しかたないね。でもね、忘れちゃいけないよ。あんたをおんぶしながらレジに立ってたお母さんの代わりに、あんたのオムツを替えたのは私だよ。この街みんなであんたのオムツを替えたんだからね」と言われたんです。その瞬間に、何が吉祥寺だ、中野だ、って。早稲田でやらなきゃ意味がないだろ、そう思ったんです。

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最終更新:7/14(金) 11:22
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