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【今週はこれを読め! ミステリー編】警察捜査小説の原点となった犯罪実話集『彼女たちはみな、若くして死んだ』

7/14(金) 19:47配信

BOOKSTAND

「......どこのカレッジの名を挙げてくれてもいい。あらゆる女子大の学生が姿を消している。娘たちが、なぜ姿を消すかわかるか?」フォードは葉巻をしまって片方の手をあげ、指を追って数えはじめた。「理由はひとつではない。成績がふるわない。級友とうまくいかない。家庭内にいざこざがある。犯罪に巻き込まれた。自立したい。そして、男。理由は六つ。答はこの中にある」(法村理絵訳)

 1952年、アメリカ・コネティカット州出身の作家ヒラリー・ウォーは、ミステリー史に新たな1ページを付け加えることになる長篇を発表する。行方不明になった18歳の大学生、マリリン・ローウェル・ミッチェルの失踪調査を軸にした作品『失踪当時の服装は』(創元推理文庫)だ。ウォーはこの1作によって警察捜査小説という新ジャンルを確立した。露悪趣味の暴力・官能描写ではなく、丹念に証拠を追う警察捜査を中心に物語を組み立て、その時点における事実関係を読者に明示していく。何が判明し、何が謎のまま残されているのかという情報を得た読者は、捜査陣と同じ高さの視点も手に入れることになる。それによって得られる臨場感と、真相究明を渇望する知的好奇心は絶大なものだ。結末に到るまでページをめくり続けずにはいられなくなるのである。今日まで連綿と描き続けられている警察小説の原点には、この『失踪当時の服装は』がある。

 同作以前のウォーは、型にはまったスリラーの書き手にすぎなかった。彼に『失踪当時の服装は』を書かせたのは、1冊の犯罪実話集である。犯罪捜査に興味を持ち、取材だけではなく7年以上にわたって私立探偵社に勤務した経験のあるノンフィクション作家チャールズ・ボズウェルが1949年に発表したThey All Died Youngは、英米の10事件に関する捜査記録をまとめたアンソロジーなのである。ウォーはこの本を読み、中に記された事柄に戦慄した。そして、同じような効果を実話ではなく物語において上げることはできないかと考えて、警察捜査小説という技法を編み出したのである。ウォーに『失踪当時の服装は』を書かせることになったその画期的なノンフィクションが、ついに邦訳された。創元推理文庫の新刊『彼女たちはみな、若くして死んだ』である。

 題名からわかるとおり、本書で取り上げられている事件はすべて若い女性が犠牲者となった。ニューヨークの花嫁学校で20歳のヘレン・ニールスン・ポッツが毒殺された1891年の「ボルジアの花嫁」事件が巻頭を飾る。ヘレンの母は、娘が毒殺された可能性を受け入れず、死に至る持病があったのだと主張する。ボズウェルは余計なことを語らずにただ事実を述べるのみだが、母親が頑なな倫理観の持ち主であろうことは十分に窺える。この文章の冒頭に引用したのは『失踪当時の服装は』の一節で、事件の背後にきれいごとでは済まされない醜い真相があるはずだ、と警察署長のフォードが断言する場面だ。この台詞を書いたとき、ウォーの脳裏には間違いなく「ボルジアの花嫁」事件の顛末があったことだろう。

 続く「ランベスの毒殺魔」事件も1891年に起きた。ロンドンの街頭で、売春婦が次々にストリキーネによって殺されたのだ。危険な毒物を行使するだけではなく怪文書によって警察を翻弄していく犯人の行動は、1888年に起きた有名な「切り裂きジャック」事件を連想させる。このエピソードでもボズウェルは犯人の行動の意味を詳らかに語ろうとはしない。逆にそのことが、ねじけた心理の深部にあるものを読者に想像させることになるのである。現代においても時折、同様の劇場型犯罪は発生している。そういった事件において犯罪者の心理に分け入ることは、決して容易ではないのである。

 野球のボールで窓ガラスを割ってしまった少年が、バンガローの窓から中を覗いたために暖炉で燃やされている女性の頭部を発見するという衝撃的な幕開けの「青髭との駆け落ち」(1924年。イギリス・イーストボーン)など、どの章を見ても引き込まれるような事件ばかりだ。中でも注目したいのは、深夜に女性が扼殺されることから始まる「サラ・ブリマー事件」(1901年。アメリカ・ポーキプシー)である。ここでの警察捜査のありようは謎解き小説さながらであり、ミステリーが決して絵空事ではなく、現実に接続した分野であることを示している。真相を追っていく推論の流れが謎を魅力的に見せるのであり、ミステリーの神髄は語りにあるのだということをこのエピソードを読みながら強く感じた。事実は小説より奇なり、なのではない。奇妙に語れるからこそ小説なのだ。

(杉江松恋)

最終更新:7/14(金) 19:47
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