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なぜインド人エリートは西葛西に住むのか #1

7/15(土) 7:00配信

文春オンライン

地下鉄東西線沿線の西葛西に“リトル・インド”が形成されているという。東京都内に住む約1万人のインド人のうち、半分ほどがこの地に居を構えている。いつから西葛西はインド人の街になったのだろうか。ジャーナリストの佐々木実氏が、「小さなインド」を旅した。

(出典:文藝春秋2017年7月号「50年後のずばり東京」・全3回)

 ドナルド・トランプ大統領が誕生した際、「トランプ・ショック」が米国にとどまらず海外にまで広がった。とりわけインドでは意外な方面に影響を与えた。日本経済新聞は今年2月1日付のニューデリー発外電で報じている。

《インドで米新政権の政策が地元のIT(情報技術)サービス大手に打撃を与えるとの懸念が強まった。31日のインド株式市場でタタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)など各社の株価が軒並み急落。売上高への寄与度が最大の米国で、インド人IT技術者が利用する渡米ビザの要件を大幅に厳格化する法案が提出されたと伝わったためだ。》

 インド最大の財閥タタ・グループのTCSを筆頭とするITサービス企業は、インド人のIT技術者を米国の企業に派遣して稼いでいる。技術者を派遣する際、インド企業は「H-1B」と呼ばれる専門技術をもつ労働者のビザを米国で申請しなければならない。米国では、このビザをもつインド人を採用するかわり米国人を解雇して人件費削減をはかる企業もあり、「アメリカ・ファースト」の矛先が向けられた。実際、トランプ大統領は4月にH-1Bビザの審査見直しに関する大統領令に署名している。インド株式市場のトランプ・ショックは、インドがIT技術者の「輸出大国」であることを皮肉な形で証明したわけである。

 じつは、日本も無関係とはいえない。いま、東京都江戸川区の西葛西を中心にインド人のコミュニティが形成されている。「リトル・インド」と呼ばれることもある。きっかけとなったのが、今世紀に入ってから急増しているインド人IT技術者。日本も「輸入国」なのである。

 1960年代の東京をレポートした開高健も、よもやインドからエンジニアが続々やってくる時代がくるとは予想しなかったにちがいない。なにしろ当時のインドは米国などから一方的に援助を受ける「低開発国」で、「第三世界」に分類されていた。13億の人口を擁する現在のインドは違う。50年前の日本を彷彿とさせる高度経済成長のただなかだ。アジア開発銀行の予測によると、2017年の国内総生産(GDP)の伸び率は前年より0.3ポイント増えて7.4%、翌年は7.6%に伸びる見通しだ。中国の経済成長が鈍化しているので、アジア経済の牽引役は中国からインドに交代するとみられている。

 グローバリゼーションの荒波にのってやってきたインド人と、グローバルなビジネス拠点トーキョーが接触して生まれた“リトル・インド”。インド料理のレストランはもちろん、インド人の子供たちが通う学校があり、インド人が訪れるヒンドゥ寺院がある。IT技術者たちだけではなく、貿易商や飲食店関係者などが渾然一体となり、新たな移民社会をつくりあげようとしている。共同体ゆえに日本人にはいくぶん閉じられてもいる、東京に生まれた「小さなインド」を旅してみた。

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最終更新:7/18(火) 12:00
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