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実録「青春18きっぷ」で行ける日本縦断列車旅:4日目《名古屋~戸狩野沢温泉》

7/15(土) 17:10配信

サライ.jp

「青春18きっぷ」だけを使って行ける日本縦断の大旅行を企てた、58歳の鉄道カメラマン川井聡さん。南九州の枕崎駅から、北海道の最北端・稚内駅まで、列車を乗り継いで行く日本縦断3233.6kmの9泊10日の旅が始まった。

3日目《宮島口駅~名古屋駅》の様子はこちらから!

4日目は名古屋駅から出発だ。

※発売中の『サライ』8月号では「青春18きっぷ」の旅を大特集! 川井さんの旅の全行程も載っています。

《4日目》名古屋8:06 →恵那9:10

「朝起きて一日中列車に乗る」、体がそろそろこのリズムになれてきた。

走行距離546.8kmを走り抜けた昨日の“修行”コースと異なり、今日からはかなりゆったり型の旅だ。電車の速度もさることながら、本数が少なくなるため、乗り換えにも相当時間をとられるのである。

今日目指すは、長野発16:30分の飯山線・越後川口行き。名古屋からは約300km。飯山線のどこかの駅まで行く予定だ。

目的地に用事があるのなら、はやく着くに越したことはないが、なんにも用事が無いのなら、時間がかかったってかまわない。と、なんとなく内田百けん(「けん」は門構えに月)先生のような気分で名古屋を出発。日が暮れる前に宿を決めれば、たぶん大丈夫だろう。

名古屋から中津川までは通勤圏内らしく、電車の本数が多い。午前8時6分の中津川行きに乗車。郊外行きの電車とはいえ、さすがに通勤時間だけあって、名古屋からしばらくは通勤客で満席となった。

8時17分、千種駅到着。窓の外は通勤時間。UVカットガラスはありがたいが、景色はちょっと見えづらい。

中津川の手前、明知鉄道の分岐点となっている恵那駅で下車。なんとなく降りてみたかったので、なんとなく下車。そこで見かけたのが跨線橋。ちょっと変わった形だった。

通路の水平部分が、ちょっとした変わり種。どうも鉄橋のプレートガーターを利用したものなのである。おそらくどこかの廃用品を再生したものらしい。ホームとホームの間に鉄橋が架けられているような珍しいスタイルだ。水平部分はかなり重そうだが相当頑丈な跨線橋である。

頑丈な作りのおかげで、この跨線橋は内部もかなり独特だ。通常は天井部分にがっしり組まれている鉄骨がなく、すっきりした曲線でまとまっている。側面の木の板とともに、旧型の鉄道車両を彷彿とさせるいで立ちだ。曲線を描いて輝く天井が良い感じに艶めかしい。

陸橋に見とれているうちに、接続する明知鉄道のディーゼルカーはすでに出発してしまった。次の列車まで約1時間。それまで待ってるわけにも行かない。

駅の窓口で記念にきっぷを一枚購入。乗車券は懐かしい硬券だった。

《4日目》恵那 9:34→中津川9:44

恵那駅での途中下車は約30分。ここから中津川行きに乗車。名古屋からの電車は、長い9両編成でやってきた。

後ろの6両は、2013年まで運行していた座席指定快速「セントラルライナー」用の車両。リクライニングはしないが、車端部にはセミコンパートメントまであり、ちょっと特急気分。じつは初めての乗車なのでとても嬉しい。

とはいえ、座席に腰を落ち着けるまもなく中津川駅に到着した。

《4日目》中津川10:00 →松本12:24

中津川駅3番ホーム。長野方面からやってきたのは、青と緑のラインを巻いたJR東日本の車両。中津川駅で折り返し。松本行きになって10時ちょうどに発車する。

車窓は、この駅を境にして木曽路の趣が強くなる。それまでの長い編成から一転、二両編成と短くなり、車内も「旅」の雰囲気に変化する。車窓に背を向ける形になるロングシートだが、これはこれで開放的だ。

天気も良いせいか、車内はほとんどが旅人のようだ。デイパックをもって地図を広げるグループは、これから歩くコースの確認に余念がない。

その反対側には編み笠を抱えたひともいる。なんだか鉄道は現代の木曽路なのだと実感するような風景だ。もし手甲脚絆の人がいたって気にならないかもしれない。

名古屋から1時間ほど乗っただけで、「通勤」から「街道旅行」に変化する。乗客の利用区間が長い特急列車ではこうはいかない「鈍行」ならではの変身ぶりが新鮮だ。

南木曽の駅前には林野庁の施設があり、伐り出されてきた木材が積まれていた。付近の山林の75%が国有林だという。昭和40年代まではここから木材を積んだ貨物列車が発車していた。

妻籠宿と書かれた編み笠の男性に話を聞くと、「中山道を歩き通そうと思ってるんですよ。電車の線路が並行しているので便利です」とおっしゃる。街道の順を追ってではなく、休みや天候に合わせて歩く区間を決めていくそう。

「だいたい2~3年の予定なんです。編笠は先だって妻籠宿で買ったんですが、両手が空くからとても便利なんですよ」という男性は、今日の出発地・倉本駅で降りていった。

ホームに吹く山の風が肌に心地よい。編み笠に書かれた妻籠宿の文字が、ホームに輝いて見えた。

一両あたりの乗客数は20名程度。その大多数が木曽路を歩く人たち。ご夫婦の旅行やご近所グループ。昨日まで乗車してきた山陽・東海道の列車が住民のアシとなっていたのと比べると、こちらはそんな気配が少ない。でもこれだけ観光客が利用している光景はたのしい。

もっと言えば、このくらいの混み具合で、車窓風景を楽しめるのは気持ちのよい贅沢だ。空間が広いので座席の形にとらわれずに会話を楽しめるのもありがたい。

倉本駅~上松駅で見える名勝「寝覚ノ床」では、その直前から皆が張り付くようにして一瞬の絶景を楽しんでいた。ロングシート車の魅力を再発見したひとときだった。

奈良井駅でグループは下車。ここから薮原駅まで約3時間の道のりに出発していった。

ひととおりのお客さんが降りた車内は、塩尻や松本に向かう人たちが空席を埋めてゆく。乗った列車が良かったのか、決して満席にならない感じ。でも、これ、運行する側にとっちゃキビしいハナシだろうなぁ。

電車はやがて塩尻駅に到着。塩尻駅は逆Yの字の中間にある。右下から延びるのは東京から来る中央本線。左下から来るのは名古屋からの中央本線。そして上に伸びるのが、長野に向かう篠ノ井線だ。

12:24分に松本駅到着。長野行きに乗り換えまで、待ち時間はほぼ1時間。この時間を使って蕎麦で昼食。

駅前に出てあたりを回ってみたが、なぜか今ひとつピンとこない。やはり「青春18きっぷの旅」は駅そばが似合う、と勝手に決めてホームに戻る。北アルプスや上高地へむかい大糸線と松本電鉄が発着する※坂ホームを訪れた。

自動販売機に記された品名を見ると、普通のソバと(特上)と言うソバとがある。店のおばさんに尋ねると、「特上のほうは生ソバを使ってるから時間がかかるよ」との返事。「美味しいよ」と言わないところがかえって気になり、特上のほうを注文。店内に居合わせた2人連れも、同じものを注文していた。

お話通り少々の時間がかかってもりそばが完成。ツユも茹で具合ももちろん味や香りも素晴らしい。期待を超える味にそば屋の先客2人は絶賛の嵐であった。

「美味しいねぇ」「ずるずる」「うんうん」「ずずずっ」さすが信州の駅ソバ、侮れない。

カウンターを見ると店のおばさんが、ほんのちょっと「どうだ」って表情をしたように見えた。

《4日目》松本 13:29→姨捨14:09

塩尻~長野を走る篠ノ井線は不思議な路線だ。

1902年の開業当時は中央本線の一部として、東京方面から塩尻・松本を経て、長野までを結んだ路線である。しかしその後、中央本線の全線開業によってその枝線扱いとなる。1911年には篠ノ井線として分離。独立した路線となった。成り立ちからも、中京・関東方面と長野を結ぶ役割は大きく、幹線なみの重責を担ってきた。

しかしこの区間は松本盆地と長野盆地の間にある「冠着越え」という難所がある。急勾配と長大トンネルそして4つのスイッチバックが連続し、蒸気機関車の時代には、とんでもないボトルネックでもあった。

現在残っているのは桑ノ原信号所と姨捨駅の二つ。このうち姨捨駅は明治時代から「日本三大車窓」と呼ばれた絶景車窓である。「車窓」なので、初日に眺めた矢岳同様、乗車したままでも楽しめるのだが、やはり下車して絶景を味わいたい。それに三大車窓の中で、駅から楽しめるのはこの姨捨だけである。

何度訪れても心地よい駅だ。川中島古戦場がある善光寺平を見晴らす今日は、とてもきもちいい。案内によると、この付近は平安時代から月の名所として知られたところ。夕刻になれば「田毎の月」も拝めそうだ。

近年はこの景色を再評価する動きも高まっているようで、JR東日本の「リゾートビューふるさと」や、しなの鉄道の「ろくもん」観光列車が次々とこの駅を目指すようになった。そして極めつけがクルーズトレイン「四季島」である。この列車の立ち寄りに会わせホーム上には夜景バーが新設された。

ただこの駅のベストポイントは、谷側に面した2番線ホームだ。線路に背を向けたベンチで景色をツマミに缶ビールを開ける。ここまで我慢した甲斐がある。この開放感はやはりビールである。

2番ホームに最近新設されたらしい待合室は穴場のポイント。跨線橋の階段下にあるが、窓が谷に近いためダイナミックに楽しめる。冬景色を風の心配なく楽しむには最高だろう。

《4日目》姨捨15:08→長野15:41

姨捨に次ぐもう一つのスイッチバック桑ノ原信号所で、列車交換の停車。名古屋行きの特急「しなの」が軽快に坂道を駆け上っていった。

《4日目》長野 16:30→戸狩野沢温泉17:37

長野駅に到着。ここで今回の旅路もほぼ半分。前半は距離を稼ぐことがメインだったが、今日以降はスケジュールが変わることを見越して宿も決めていない。この辺からは速度を落として「のんびり」を楽しもう。

長野駅で『のんびり』していたら、ホームはえらいことになっていた。ちょうど高校の終業時間。帰りの学生たちがホームに長い列を作っている。2両編成のディーセルカーだが、乗れるのか心配になるくらい。

それでもなんとか、無事乗車。北長野、三才、豊野と一駅ごとにどんどん降りていく。ちょっと落ち着いたので車内を一巡り。それにしても男女生徒ともに妙に身だしなみがイイ。いくつもの学校の生徒が利用しているようだが、教育県と言われるだけあって、服装がみな整っているようだ。

実はこの長野駅~豊野駅は、北陸新幹線金沢延伸開業で第三セクターに分離されてしまった。なのでこの区間は乗車券250円が必要となる。「青春18きっぷ」のエリア外となってしまうが、ここだけは致し方ない。

替佐駅で、列車は再びJR線に戻る。替佐は唱歌『故郷(ふるさと)』の作詞者、高野辰之博士のふるさとを走る。ホームでは彼が作詞した「春の小川』や「朧月夜」が流れる。

夕暮れ前に、戸狩野沢温泉駅に到着。ここで殆どの学生が下車。2両あったディーゼルカーもここで1両を切り離し、上り列車となって長野に戻る。

戸狩野沢温泉駅から先へ行く列車の間隔が4時間以上も開いたので、今日はここで泊まることにする。まだ日暮れまで時間があったので、ミニハイキングをし、信州の里山の美しさに思わず知らず感嘆の声が出た。流れる水の美しさに誘われるように地酒を買い込み、旅の友とした。

宿について窓から外を眺めたら、夕日に山が染まっていた。

列車の乗継ぎは貴重な休憩時間でもあり発見の時間だ。18きっぷの魅力は「自由さと不便さ」にあると思う。便の減ったローカル線では「下車する楽しみが増えた」くらいの気持ちがちょうど良い。

さて、明日は戸狩野沢温泉駅から、福島県の会津へと向かう予定だ。

<5日目に続く!>

文・写真/川井聡
昭和34年、大阪府生まれ。鉄道カメラマン。鉄道はただ「撮る」ものではなく「乗って撮る」ものであると、人との出会いや旅をテーマにした作品を発表している。著書に『汽車旅』シリーズ(昭文社など)ほか多数。

なお『サライ』8月号では「青春18きっぷ」の旅を大特集! 川井さんの旅の全行程も載っています。

最終更新:7/15(土) 17:10
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